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第374話

それから、すっかり実行委員の仕事も、後片付けもみんなに任せきりにしてしまった俺は、どうにか復活した身体で、ちゃっかり打ち上げとやらに参加していた。 「かんぱーい!優勝イェーイ!」 街のカラオケ店で、パーティールームを貸し切りにして、ジュースで乾杯の大騒ぎだ。 俺が消えた後、無事、紅白対抗リレーも勝利し、紅組優勝、クラス総合優勝を果たしたらしい。 「よっ、翼。おまえよく、あの人が許可してくれたな」 「あ、藍くん。うん、俺も無理かな?と思ったんだけど、普通に、行きたきゃ行って来い、って」 ふと、隣に座ってきた豊峰に、俺は首を傾げながら答えた。 「へぇ。あの会長サンも、意外と話が分かるのな」 「もう、俺には火宮さんの嫉妬の基準がよく分からないよ」 「ぷぷ、まぁ、分かっちゃいたけど、本当、すげぇお方を恋人にしてるのな、翼」 ニヤニヤと笑っている豊峰には、溜息しか出ない。 「ったく、相変わらず王者の風格。もう呆気に取られて圧倒されて…」 「あはは」 「あれは、来週から、校内の噂は翼の話で持ち切りだな。新聞部のやつらもガッツリ特ダネ押さえていたし、そこら中のミーハー女子も、食いつきまくっていたからな」 ケケ、と笑う豊峰は、他人事だと思って…。 「はぁっ、新聞部とかが撮った写真って、真鍋さん、抑えないのかな」 「まぁ、たかが校内の新聞部だからなー。あの幹部サマが動くとも思えねぇけど。その程度、放置だろ」 それはもう、校内スクープのネタにされるのは諦めろということか。 「しかもあれだけの人間の前で、不特定多数に撮られまくってたからな。物理的にも揉み消しは不可能だろ。会長サンだって、それくらい予測して動いたんだろ?」 「ただの嫉妬の暴走だったら?」 「ぷっ、ごちそーさん。でもそんな迂闊なタマじゃねぇだろうよ」 「そうかなぁ?」 首を傾げる俺に、豊峰はうんうん、と頷いている。 「まぁだけど、騒がしい当分の間は、おまえ、なるべく1人で行動すんなよ?」 こそっと、小声になった豊峰が、心配そうに囁いてきた。 「あー」 「なんかあったり、変な呼び出しとかは、俺にちゃんと言えよ?」 それは、前にうっかり拉致されてしまったことのある俺への心遣いで。 「ありがとう。そうする」 「おぅ。校内じゃ、俺がボディーガードかってやるよ」 「頼もしいね」 ふふ、と笑いながら、カツン、とグラスを合わせたところに、ふと、リカのマイクを通した声が響いてきた。 「じゃー、体育祭実行委員の2人からも一言!」 いきなりのご指名と、派手にハウリングした音に、思わず肩を竦めてしまう。 「まずはつーちゃん!」 はい、と向けられるマイクは随分と遠くで、けれどみんなの視線が一気にこちらを向く。 「げ」 「ぷくく、ご指名だぞ、ガンバレ」 隣からコソコソいなくなる豊峰は、やっぱりどこまでも他人事で。 「うー、はい…」 渋々立ち上がった俺は、回ってきたマイクを受け取って、とりあえず、ガバッと頭を下げた。 「つーちゃん?」 「つー?」 どよっ、と動揺した空気を感じる。 だけど、俺がこの機会を与えられたのなら、みんなに言いたいことは1つだけなんだよね。 「ありがとう」 たくさんの思いを込めた、精一杯の思いの丈。真っ直ぐ顔を上げた俺は、たった一言、それだけを、真っ直ぐみんなに向けた。 「って、一言とは言ったけど、本当に一言はどうなの、つーちゃん!」 すかさずリカのツッコミが入る。 「あは、だって、本当に、それしかないから」 本当なら、みんなが敬遠していたヤクザの関係者の俺を、ちゃんと受け入れてくれて。 途中で声を失って、仕事が上手くできなくなった俺を、フォローして助けてくれて。 最後の最後まで、みんなに協力してもらっちゃって。 そうしてできたクラス優勝だ。 俺の力なんて、本当に何1つなくて、全部みんなのお陰なんだから。 「もうっ、じゃぁそんな謙虚な実行委員さんに、お疲れ様と感謝を込めて、こちらから質問いきまーすっ」 「は?」 「ズバリ、あのカレシさん登場について。全校生徒の前で、優しく素敵に介抱されちゃった、あの時の感想は!」 「ちょ…」 待て待て待て。それのどこが、労いと感謝だ! 「キャー!聞きたいー!」 「ついでにフルネームと生年月日とスリーサイズも!」 だから、キャーじゃない。 しかも質問の内容が明らかにおかしいから。 「じゃぁあたしもー、翼くん、ズバリ彼とはどこまで?」 「ゴホッ、や、あの、ね?」 なんていう質問が飛び出してくるんだか。 思わず咽せた。 「ねぇねぇ、彼のどこに惚れたの?やっぱり、裏社会の危険な感じ?それともあの紳士なモード?顔?」 「………」 こ、この人たちは…。 火宮がヤクザとか、俺とは男同士とか、そのあたりはもうどうでもいいのか。 あの4月当初の偏見の塊だったみんなはどうした。 嬉しいことだけど、逆にここまでオープンになられると、うっかりこっちが引いてしまうのはなんでだろう。 「ねぇ、翼くんてば。黙ってないで答えてよ」 「つーちゃん?ひ、み、や、つ、ば、さ、くん!」 キィーンとマイクをハウリングさせたリカに、俺は意を決して。 「俺、トイレ!」 同じく大声でマイクに向かって叫び、バッと部屋から逃げ出した。

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