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トバの手

「説教は今度にしといてやる。お前のとこの隊長にも、そういっておけ」  髪を撫でられる感覚があって、ふと意識が浮上した。  サファテの背中で眠ったままで家に戻ってきたようで、聞こえてきたのはあまり機嫌のよろしくないトバの声。  目を開けようかどうしようか迷うけど、でも開けたくないぞーって、体が拒否してる。  もにょもにょと体を動かしたら動けたので、ベッドの上に降ろされた後らしい。  トバに髪を撫でてもらうのは好きだけど、密着していたサファテの体温がないのが心許なくて、手で探す。 「ルウ? 起きているのか?」 「寝ぼけてんだろ……いったん寝ついたら、寝起きは悪い」  幼子を寝かしつけるようにぽんぽんと背を撫でるようにたたかれる。  これはトバの手。  一緒に暮らしていて、トバとオレの仲を勘繰るやつがいた。  けど、結局そうはならなかったしすぐに誤解が解けたのは、トバがこうしてオレを小さな子供みたいに扱うからだ。 「トバ……」  サファテの呼びかけに、不機嫌を隠さずに「なんだ」とトバが応じる。  この二人は仲が良いようで悪い。  その声にサファテがたじろいだ。 「お前に対して不機嫌なわけじゃない。思うところはあるけどな……このケガだって、どうせお前の制止を振り切って、突っ込んでいったのが原因だろう」 「ああ。ルウの戦い方は、捨て身過ぎて心臓に悪い。今日は特にひどかったんだが、何かあったのか?」  ガタリと椅子が動かされる音がした。  ベッドの横に立っていたサファテが腰をかけたのだろう。  母親を思い出させる優しい手つきで、トバはオレの髪を撫でる。  その指は節くれだっていて、かさついていて、オレの母親とは似ても似つかない大きな手なのに、手つきだけは優しい。 「こいつはのんびりだからな。今になって、自分のことに気がついたらしい。どこから来たとかこれからどうするとか、そういう、もっと以前に焦っておくようなことを焦りはじめた。まあ、仕方ない、五歳児だ」 「五歳って……成人しているといっていなかったか?」 「ここに来てからそれだけ経った。こいつの元いたところは、よほど恵まれていたっていうじゃないか。ぼんやりしていても命の保証がある場所だ。生まれなおしているといっていいくらい、必死にここに馴染もうとしたんだろうよ」  気がついているか、とトバがぶっきらぼうに話を続ける。 「最近やっと、昔の思い出話をするようになった。周りの違うところの話じゃなくて、あんなことをしたこんなことがあった、こういう食べ物がうまかった、ってことをさ」 「トバとも、そういう話をしていなかったのか?」 「違いを数え上げたり、技術を教わったりはしていたけどな。こいつの思い出を聞くのは、最近さ……思い出を口にすることもできないくらいに、違いを受け止めて馴染もうとしていた。世界を渡るっていうのは、そういうことなんだろ」 「知っているような口ぶりだな」  ふ、とトバの手が止まる。  いっていなかったか? と首をかしげたようだ。 「俺の育ての親は、多分、こいつと同郷だ」

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