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第7話

 部活動の声が校庭から校舎裏まで聞こえている。  今日はいい天気だ。  真っ青な空に飛行機雲が映えている。 「秋夜はそっちから水やっていって」  土日を挟み、明後日からはまた学校が始まる。今日は休み中最後の水遣りの日だ。夏休み中の花の世話は委員会の仕事の一つで、ほぼ唯一とも言える仕事だ。 「分かった」  統は順に水を掛けていく。黄色や朱色のこの花は学年の始めに一人一つ植え、この前校庭から避難させたものだ。あの時は大変だった。 そういえば、この花を植えた時、まだ秋夜はいなかった。秋夜の植えた花はまだない。学校が始まったら先生に言って、秋夜の分を一緒に植えよう。  陽に照らされた水は眩しく光る。  統はホースの先端を潰し、空へ向けた。 「っわあ、もう」   秋夜の方へ飛んでいった水はシャツを濡らした。 「ごめん、掛かった」 「もう、わざとでしょう。ほいっ。これでお相子だからね」  秋夜は水を飛ばし返す。  統も負けじと水を飛ばし返し、二人は頭から雫が落ちる程にびしょびしょになるまで続いていた。  頭から水を被ったお互いを見て笑いあった。  この暑さだ。これくらい濡れたくらいが丁度よい。  そこから更に水の掛け合いは続き、遂に先生から注意が入った。  二人揃って注意を受けるが、秋夜と目配せをして笑い合う。  統は、秋夜と出会った頃の自分がこの光景を見たらきっと口を開けて愕くことだろう。と想像し、心の中で笑った。 「学校始まったら、秋夜の花も植えような」 「うん」  秋夜は笑顔になった。  二人のシャツはすっかり濡れていたが、この日差しで直ぐに乾いた。  帰り道、学校から坂を降りた所にある商店でラムネを二本買った。  袋の中で瓶がカチカチ音を立てる。 「このあと、どうする」 「どうしようか……」  このあとは予定はない。そもそも二人で遊ぼうとか、何かをしようと約束をしていた訳でもない。でも、なんだか今は別れ難い。 「あのさ、俺の家、来る?」  どこか緊張した雰囲気にラムネを飲むことも忘れ家に着いた。  ずっと日差しが差し込んでいた部屋は暑くなりきっている。 「暑いね、直ぐエアコン付けるから」  ごちゃごちゃとした机の上からリモコンを探り出す。山積みになっている教科書やマンガや休暇中の課題を片付けながらようやくリモコンを救出した。 「あ、そうだ、統。課題はもう終わった」  秋夜は統の机の上に積み上げられた課題に目を遣って言った。 「全然。数学とかもう終わる気がしないよ。秋夜は?」 「ぼくはあと少しかな。英語で少し手が止まっているけど」 「休みも明後日までなのに大変だなあ」 「他人事みたいに言うね」  秋夜はふふふと笑う。  その首筋を汗が流れた。するりと伝い、服の中に入った。  それを見て統は「あっ」と変な声が出た。  はっきりと反応している。これは夏の暑さの所為だ。こうなってしまった身体はもうどうすることもできない。  それは隠し通すつもりだったのだが、秋夜はこれを見逃さなかった。 「なに考えたの」 「何でもないよ」  秋夜は統のその部分を見て距離を詰めてきた。そこは、痛く張り詰めている。 「これは、この暑さの所為だよ。身体がおかしくなってるんだ、きっと」 「本当に。暑さの所為? でも、普通のことだよ」 「……でも、嫌だろう。こんな急だし」 「いいよ」  秋夜はちらりと目を見て言った。 「いいと思う。ねえ、キスしてよ」  秋夜は恥ずかしそうに俯きながら言う。  統は秋夜の頰にそっと手を添える。頰は熱く、紅くなっていて統まで緊張してきた。  ゆっくりと顔を近づけ、そっと唇を重ね合わせる。触れるだけの優しいキス。初めてのキスはやわらかかった。  秋夜は統のシャツのボタンに手を掛けた。  秋夜を誘った後に家に誰もいない事を思い出し、そういったことを考えなかった訳でもないが、突然の展開に戸惑う。  擦り寄ってきた秋夜の体は熱を持っていた。それは気温の所為だけではない。 「でも俺、わからないよ」  躊躇う統を余所に秋夜はシャツを脱がせていく。 「触ってくれたらいい。こんな風に」  そう言うと秋夜はズボン越しに統の屹立に触れた。服の上からでも十分刺激がくる。  秋夜に触れると同じように反応をしていた。布団に寝かせ、ズボンと下着を剥ぎ取りそれは露わになる。 「ぅ……ん」  軽く握ってやると手の中で更に質量を増し、熱くなった。 「あっ、ん」  ゆっくりと扱くと秋夜は熱っぽい声を出した。それと同時にシャツを脱がし、全身に口付ける。そうして胸の突起に行き着くと秋夜は顔を歪めた。 「ん……」  高められた射精感覚は少しの刺激を与えただけで簡単に弾ける。手のひらに出されたものは熱く手に絡んだ。 「統の、しようか」 「いいや、触られたらもう出ちゃうよ……」  恥ずかしいが、もう限界に近い。 「統、どうするか知ってる」  それは『男同士で』という意味だろう。  知っているし、調べもしたが、実践は初めてである。 「潤滑剤とか、なんにもないけど」 「多分、今日は大丈夫」  大丈夫、ということは準備をしているということなんだろうか。 「そうなの。もし嫌だったら言ってね」  統は後ろの莟に触れた。  秋夜の言うとおり指は案外あっさりと飲み込まれた。そこは緩急の愛撫に少しずつ緩む。  彼は普段からこういう事をしているのかもしれない。彼は後ろに慣れている風があった。  そこはもう十分に解れ、感じていたが、ぎこちない自分の行為に不安が残る。  兄のところから掠め取ってきたゴムを付ける。体格が近いからサイズも合うだろう予想していたがやはりそうだった。統は何だか微妙な面持ちになったが、感謝した。  そして後ろに其れを宛がう。 「いい?」 「うん」  吐息の混じる声。少し苦しそうに聞こえる。 「大丈夫」  顔に掛かった髪を退けると顔は紅潮していた。 「大丈夫だから、続けて」  そこはゆっくりと統の物を飲み込んでゆく。 「んっ……あ」  背中に回された腕が、きつく統を抱きしめる。食い込んだ爪が痛いが、その痛みさえも快感を高めた。  密着した身体からは秋夜の高鳴った心臓の音が伝わってくる。  二人は初めてのような甘い口付けを繰り返した。しかし、それだけでは物足りなくなって、統は秋夜の口腔へ舌を侵入させた。熱く、舌が絡む。  湿り気を帯びた吐息が部屋に響いている。それもまた二人の快感をそそり立てる要素となった。  次第に快感の渦は抑えきれないほどに高まり、あとはそれに従うまま。  秋夜の首筋に流れ出した汗を舐める。 「っン」  すると不意に秋夜の濡れた吐息が耳にかかり、そのまま二人は果てた。  終わると直ぐに二人して重い体を布団に投げ出した。布団一枚では腕や足がはみ出してしまう。でも熱い体にはフローリングの冷たさが心地良かった。 「エアコン、温度下げて」  秋夜は肩で息をしながら言う。  触れ合う肌はじんわりと汗が滲んでいた。  統は突っ伏したまま辺りを探る。なかなか見つからず上体を起こすと、リモコンは脱ぎ捨てられた服と一緒に遠くに飛ばされていた。  手を伸ばし、なんとかリモコンを掴んだ。  一気に温度を二十度まで下げ、扇風機も起動させた。  まだ布団に顔を埋めていた秋夜の横顔に軽く口付ける。  するとようやく秋夜は顔を上げた。  統はまだ紅色に頬を染める秋夜を見詰める。  秋夜は恥ずかしそうに顔を覆い、指の隙間から時々視線を送る。  その仕草に統は満たされ、顔が緩んだ。  やはり、感想を聞くのは野暮だろうか。と考えていると秋夜は大きな瞳をこちらに向けた。  その瞳には自分の姿が映っている。  秋夜は俺を見てる。  そう思うと何だか気恥ずかしくなった。  秋夜は統を凝視したあと「よかったよ、統」と言うと、恥ずかしくなったのか、今度は統の胸に顔を埋めた。  秋夜が動くとさらさらと前髪が統を擽る。  秋夜は統の腕の中にすっぽりと収まり、後ろに腕を回す。思わず可愛いな、と声が漏れそうになるが心の中で留めた。   「前髪、少し切らないとね。頭髪検査で説教くらっちゃうよ」    机の上に置きっぱなしになっていたラムネ瓶は水滴が流れ、机の上に水溜りができていた。 「ラムネ、冷やしておけばよかったな。喉が渇いたな」 「ラムネは明日、飲めばいいよ」 「明日もするの」 「ばか。課題。終わらせないといけないだろう」 「あぁ。そうか、そうだなあ」 「ぼくも少し手伝うし、一緒にすれば早いだろう……だから終わったら」 「そうだね」  空は青く、入道雲が天高く昇っている。夏はもう暫く続きそうだ。  でも直に秋が来て、冬になって、季節は廻っていくのだろう。これからはそれらの季節を秋夜と一緒に迎えられるのがとても嬉しい。  そう思いながら秋夜の隣に座った。  秋夜は指を絡めてくる。  それに応えるように統も指を合わせた。

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