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第6話
モデルと言っても……ホテルへ士乃を連れ込んですぐ裸になるよう命令したあのカメラマンとは違い、滝井はこれといった指示はせず、ただ椅子に腰掛けた士乃をスケッチしているだけだった。
はじめは緊張して動けずにいた士乃が、やがてじっとしているのにも飽きてきょろきょろと窓の外を眺めたりし始めても、特に文句も言わない。
その状態がしばらく続いた後、矢代に休憩に呼ばれた。滝井は来なかったので、士乃は矢代と二人だけで食堂のテーブルで紅茶を飲んだ。
「矢代さんは先生のエージェントって言ってたけど、それ、何?」
士乃は矢代に訊ねてみた。
「ああ、ええと……まあ、マネージャーみたいなものかな。僕の場合、絵の売込みからギャラリーの手配、先生の身の回りの世話まで……なんでもやるよ」
朝よりも気さくな調子で矢代は答えた。
「ふうん……そうなんだ、忙しそうだね。なんか……俺の仕事、座ってるだけで思ったよりずっと楽なんだけど……いいのかなあ?もっと色々……ああしろとかこうしろとか言われるのかと思ってたんだけど」
「それは、まだイメージを詰めてる段階だからでしょ。固まってくるとまた違うよ」
「ふうん。大変になるのはこれからってこと?」
「うん。本格的に気が入ってくると、先生寝食忘れるから。でもそういう時は適当に僕がストップかけるから大丈夫。ほうっとくと倒れるまで描いてるからね」
士乃はびっくりして目を丸くし、呟いた。
「すごいね、それ……」
倒れるまで一つの事に集中すると言うのは……一体どんな気分なのだろう?そこまで打ち込めるものを持つ人間は、一体この世にどれほどいるのだろうか。
やっぱり羨ましいかも……俺なんか……ちゃらんぽらんだとか軽いだとかって……いっつもみんなに言われるから……。紅茶の香りを深く吸い込みながら士乃は思った。ええとこれ……なんだっけ……グレ……あ、アールグレイだ。良かった、まだ覚えてた。
俺がいい加減な人間なのは今更どうしようもないけどさ、好きになった紅茶の名前ぐらいはちゃんと覚えとくようにしないとな……
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