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第10話 高校時代-3-
士乃を遅刻から庇ってくれた後しばらくして――ある週末、後藤は言葉通り士乃をドライブに誘ってくれた――まさか実行してくれると期待していなかった士乃は、内心かなり驚きながら、どこに行きたいかと尋ねる後藤に、咄嗟に「海」と答えた。
「発想が貧困だったかなぁ……ドライブイコール海なんて。でも俺、遊びに行くとこよく知らないんだ……」
助手席で士乃は呟いた。
「いいんじゃないか?定番だ」
後藤が煙草に火をつけながら言う。
「先生、タバコ吸うんだ?」
「ああ。学校じゃ遠慮してるけどな。岩内がうるさいから」
「先生も怒られんの?大人なのに?」
「ああ。俺もあいつにゃ睨まれてるんだ、遅刻ギリギリで学校行ったりするし」
後藤は笑って続けた。
「教師は常に生徒の手本になんなきゃいけない、とかご立派な事言いやがるんだ、岩内は……自分はイジメまがいのことやってるくせにさ。こうやって俺が個人的に生徒誘ったなんて事、もしあいつが知ったら……えこ贔屓だなんだって問題にして、大騒ぎすんじゃねえかな?」
「へえ……。でも俺、ほんとに先生がドライブ連れてってくれるなんて思ってなかったからすごく嬉しいや……」
「そうか」
後藤はタバコを挟んでいた指を放し、隣の士乃の頭をぽんぽんと撫でた――そうされながら士乃は、後藤の横顔をこっそりと見つめた――咥え煙草でハンドルを操る彼は、普段学校で見せている気さくで親しみやすい教師の顔の時とは雰囲気が随分違っていて――士乃にひどく、大人の男を感じさせた。
寒くなり始めた頃で海へ向かう道は空いていた。夏場は賑わったであろう海水浴場も人影はまばらだ。
数台しか止まっていない駐車場に車を入れ、二人は何もない浜を散策した。
やがて士乃は、履いていたスニーカーを脱いで裸足になると、パンツの裾を捲り上げて海に入ってみた。
打ち寄せる波が、素足が触れている部分の砂をさらっていく――士乃はそのくすぐったい感触を楽しんだ。
後藤が心配げに声をかける。
「おい、風邪ひくぞ……」
「平気。先生も来なよ」
「俺はいやだ。寒い」
「水そんなに冷たくないよ?」
「お前は若いから平気なんだよ。いいよなあ……」
後藤は答えながら微笑んだ。
士乃が波打ち際にしゃがみこんで貝殻を拾ったりしているのを、彼は砂浜に立ってじっと見守っていた。
「先生。お腹すいた」
「え?ああ、もう昼過ぎか……」
腕時計を確認して後藤が言う。
二人は並んでそこから歩き、浜にほど近い場所に看板を出していた定食屋に入った。客は士乃たちの他は老夫婦が一組だけだった。
壁に貼られている品書きを眺める。
「しらす丼と海鮮丼とどっちがいいだろう……先生は?何食べんの?」
「カレーライス」
「ええ?せっかく海に来たのにカレー?」
「カレーはどこで食っても美味いの」
「先生、コドモ」
士乃は後藤をからかって笑った。
「悪かったな!いいだろ、好きなんだから」
しらす丼とカレーを注文して出来上がるのを待ちながら、士乃はさっき浜で拾ったいくつかの小さな貝殻をポケットから取り出すと、テーブルの上に並べて眺めた。
「それ、一個くれ」
後藤が言う。
「いいよ。どれ?」
「これがいい」
「それは模様が一番気に入ってるから駄目」
「なんだケチだな……じゃあこっち」
「うん」
後藤が選んだ白く輝く小さな貝を、士乃は取り上げ、彼の掌に乗せた。
食事は後藤が奢ってくれた。駐車場の車に戻って乗り込むと、後藤はさっき士乃が渡した貝殻を取り出し、見つめながら呟いた。
「これ、ありがとな。記念に大事にする」
「記念?なんの?」
「さあ……」
困ったように首を傾げた後藤に士乃は笑いかけ、ふざけて
「初デート?」
と言った。それを聞いた後藤が、ふと真顔になる。
「……だったら、いいんだがな」
士乃は思わず彼の顔を正面から見つめた。後藤も貝から士乃に視線を移す。ややあって――彼はゆっくりと士乃に覆い被さってきた。
後藤が士乃の唇を吸う。士乃が抵抗しないでいると、彼の舌が唇をこじ開けるようにして口中に侵入してきた。さらに士乃の舌を求めるように、中を探る。
やがて後藤の掌が――シャツの裾から入り込んできて、士乃の肌を直に探った。そうされるまま士乃はしばらくじっとしていたが
「先生」
と声をかけた。まだ口を吸われているので、はっきりとは発音できなかったが。
だがそれで、後藤は我に返ったようで、慌てて士乃から身体を離した。
「す……すまん!悪かった!つい……お前があんまり可愛いもんで、自制がきかな……いやその、せ、生徒に、こんなこと……」
「違うよ」
士乃は答えた。
「えっ!?」
「ここ、人通りが意外とあるから……場所変えた方が良いんじゃないかと思って」
後藤は唖然としたような、ぽかんとした顔で士乃を見た。そしてうわずった声で
「いいのか?」
と尋ねた。
「うん」
まだ放心した様子のまま後藤はキーを取り出してエンジンをかけると、しばらく走り、道沿いに最初に現れたホテルへ車を入れた。
ホテルの部屋で優しく士乃を抱き寄せながら後藤は
「こんなの……岩内が知ったら……卒倒するだろうなあ……」
としみじみ呟いて士乃を笑わせた。
――そこで士乃は――後藤に色々な事を教わった。自分の身体の事、相手の身体の事――人の肌の、温かさと柔らかさ。――そうして後藤の肉体の一部が、士乃に対してどう使われるのか――それから――自分が今まで……どんなに孤独だったのか、と言う事までも……
行為を終えて車に戻ったとき士乃はふと思い出し
「先生、俺があげた貝どうした?」
と訊ねた。
「あるよ。そこ」
ダッシュボードの上で、小さな貝殻は街灯の光を反射し、滑らかな光を放っている。
「絶対失くさないよ……記念だから」
そう呟きながら後藤は、また煙草を取り出して火を点けた。
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