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第11話 高校時代 -4-

海でのデートの後、士乃はたびたび後藤と二人で会い、肌を重ねた。 後藤の身体を知って以来、学校で教壇に立つ彼の姿を見ると、あたたかいような、くすぐったいような――なんとも不思議な心持がする。多分これが、愛おしさというものなのではないか、と士乃は感じた。後藤も士乃に同じ気持ちを抱いてくれているのだろうか――自然に目が合うことも多い。彼が士乃に送る視線はいつも包み込むように優しく――心地良かった。 親しい友人ができないのも、岩内が相変わらず口煩いのも以前と何も変わってはいないのだが、それらは後藤の存在のおかげで遠ざかり――もうなんでもないことのように思えた。 校内での態度や、外で二人きりで会う時には、士乃達はかなり気をつけていたつもりでいた。だがやがて――二人は付き合っているのでは、と噂されるようになった。 士乃が通っていたのは男子校だった。そのせいかそういった類の面白半分な噂はたびたびあり、噂を立てられるのもべつだん士乃だけに限らなかった。大概は誰かの根拠のない陰口が出所で、やがて飽きられて忘れられ、また新たな内容へと移り変わる。放っておく間に、士乃の名前もやがて話題にされなくなったようだった。 ――ある日の放課後、士乃は突然岩内に残るように言い渡された。今日は何も問題は起こさなかったはずなのに?不安に思いながら士乃は仕方なく言われた教室へ向かった。 中へ入ると後藤がいる。担任まで呼び出されるほどまずい事を――なにか自分はしでかしただろうか? 「なんで呼ばれたかわかってるだろうな?」 岩内がいつもの責めるような調子で言う。 「……わかり……ません」 士乃は俯いて小さな声で答えた。岩内が大げさにため息をつく。 「――わからないのか?ここ最近、自分が陰でなんて言われてるか耳に入っていないのか?」 後藤と付きあってると噂されたことだろうか?だがあの話はもうとうに自然に消滅していて、今の後藤の相手は他のクラスの生徒だと言うことになっている。つい先日後藤の口からそれを聞かされて、二人で思わず笑ったのだったが。 「とぼけても無駄だぞ。お前――いかがわしい場所に出入りしてるんだろう?」 士乃はぽかんとして岩内を見た。 「ちゃんと見た者がいるんだ。しかもお前――相手はオトコだそうじゃないか――」 オトコ、という岩内の言い方には、蔑むような響きが混じっていた。 「ホモだったのか?お前。まあ確かにちゃらちゃらして、女っぽく見えるから驚かないが」 「岩内先生、言葉が過ぎますよ!」 後藤が聞き咎めて口を挟んだ。 「黙っててください。うちの学校は真面目な校風で通ってるんですよ?県内じゃ評価も高い。なのにこんな――」 言いながら、士乃を睨みつける。 「一部の不謹慎な生徒の軽はずみな行動で醜聞が広まっちゃあ……ちゃんとやってる他の子達に迷惑なんです」 士乃はそれを聞きながら、迷惑と言いつつ岩内が奇妙に生き生きとして嬉しそうなのは――なんでだろう、とぼんやり考えていた。 「で?いつからなんだ?」 「えっ?」 士乃ははっとして岩内の顔を正面から見つめた。いつから?何が?まさか――後藤との事を言ってるのだろうか? 「一体なんの話なんです岩内先生!?」 たまりかねたように叫んだ後藤に、岩内が 「後藤先生がこいつを気に入って贔屓してるのは知ってます。私にもしょっちゅう、厳しくし過ぎだって文句言ってますし。でも担任がそうやって甘やかすから……こんな事になったんじゃないんですかね?」 と当て擦るように言った。後藤がやや青褪めたのが士乃にも見て取れた。 「仕方がないでしょう、ちゃんと聞き出して学校にも親御さんにも報告しないとならないんだから。初見、お前、いったいいつから――男相手に売春なんかしてるんだ――?」 売春?なんのことだろう。だがそれを聞いたとき――士乃は突然、自分がどうするべきかを理解した。 「違います!初見は売春なんかするような生徒じゃないです!彼は――」 後藤が話し出してしまった。もう迷っている暇は無い。取り返しがつかなくなる前に―― 「去年です」 後藤の言葉に被せる様に、士乃は言い放った。 「去年からです。売春してるの」 後藤が息を呑んだのがわかった――とっさに去年と言ったのは、後藤が自分の担任になる前からという事にしておいた方が良いと感じたからだった。 「去年?入学前からか。やっぱりな、どっかヘンだと思ってたんだよ、お前は……あきれたやつだ」 岩内は満足気だ。 それからは岩内に訊かれるまま、士乃はただ頷いた。――遊ぶ金欲しさにやってるのか?――はい。今もやってるのか?――はい。犯罪と同じなんだぞ、わかってるのか?――はい。穏便には済まないぞ。――はい。 気が済むまで尋問すると岩内は士乃の親に勝ち誇ったように連絡を入れ――数日間の謹慎の後、士乃は退学処分になった――

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