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第13話 高校時代 -6-
ある夏の晩のこと……普段のように潜り込んで泊めてもらえる先がうまく見つけられず――こういう場合アテにできる友人たちは運悪くみな出払っていた――士乃は駅近くの公園の、藤棚の下にしつらえられたベンチに一人ぼんやり腰掛けていた。
駅周辺の繁華街では祭りが行われていて、楽しげな音楽がそちらから響いてくる。家に帰る気にはなれない。今の時期なら野宿もさほど苦ではないはずだ。
ふいに懐中電灯の明かりが士乃を照らした。眩しい光に目を細めて顔をそむけながら、警官だったら面倒だな……と考えた士乃の耳に、聞き慣れた野太い声が届いた。
「お前――初見じゃないか!」
――岩内だった。
「なんだってこんなとこにいるんだ!?」
相変わらず、責めるような調子で言う。
その問いかけを無視して黙ったまま立ち上がり、歩き去ろうとした士乃の腕を岩内は後ろから掴んで捕えた。
「相変わらずいかがわしい商売をしてるのか?親御さんが泣くぞ」
士乃は無言のまま、岩内の顔をただ睨みつけた。
「なんなんだその反抗的な態度は」
岩内は気に食わない風に言う。
「……自分とこの学生が夜遊びしてないか見回ってるんだろ?さっさと仕事にもどれよ。俺は関係ないだろ、もうあんたの生徒じゃないんだから」
士乃は岩内の手を振り解こうとした。だが彼はますます力を込めて放そうとしない。どころか、掴んだ士乃の腕を捻りあげるようにしてくる。
「いて……痛えだろ!なにすんだよ!」
「そうだな。お前はもう……うちの生徒じゃない」
低い声で岩内が呟いた。
「放せよ!」
抵抗する士乃を、岩内は藤棚の脇にあった公衆トイレに無理やり引きずっていく。
「なんなんだよあんた!なにする気……」
岩内はいつの間にか懐中電灯を手放したらしい――空いた手で士乃の口を塞いで大声が出せないようにし、個室に押し込んだ。
「どうせまだ……身体売ってるんだろう?売れ残ったからあんなとこにいたんだろうが。だったら今日は俺が……買ってやる」
なんだって?士乃は唖然として目を見開いた。
岩内は士乃の両腕を捻じり上げると、個室の壁に押さえつけて背後から被さり、下半身を擦り付けてくる。
「なにやっ……!?てめェ、教師だろ!?」
壁に押し付けられている為くぐもった声で叫んだ士乃の耳元で、岩内は囁いた。
「教師とデキてたのは……お前じゃないか」
その言葉に士乃はぎくりとして目を見開き、体をこわばらせた。
「後藤先生と……寝てたんだろう?俺がそれを黙っててやってるおかげであの先生の首は繋がってるんだ……感謝してほしいね……」
「な……」
絶句する士乃に岩内は言った。
「校内で抱き合ったりして……誰にも見られてないと思ってたのか?さすがに本番まではしてなかったようだが……」
そう話す間に、岩内の手が士乃のTシャツの中に入り込み、肌をあちこちまさぐりはじめた――乳首を探り当てられてきつくつねられ、士乃はその痛みに微かに呻いた。抵抗が無いのに気付いたのか、岩内は壁に押し付けていた力を緩め、背後から両手を回して士乃のジーンズの前釦を開けた――下着を引き下ろして性器を露出させ、弄びはじめる。
気をつけていたはずなのに、と士乃は思った。校内で抱き合ったのなんて、たぶん一度か……二度くらいしかない。それを見たなんて、よほどの偶然か……あるいは付けられてでもいたのか……
「後藤先生、あれからはすっかり大人しくなって、生徒に手を出すのも止めたようだよ。まあ俺が一言喋れば簡単に辞めさせられる立場だからね、内心さぞ怯えてるだろう。証拠写真もあったんだ。お前とホテルへ入る所の……」
「なっ……なんだよそれ!?写真!?」
「そう。お前が売春を認めなければ出して見せるつもりだった。だがお前は自分の罪を告白して後藤先生を庇ったよな、だからそれに免じて……あっちは許してやったんだ……」
「許し……!?アンタ、何様のつもりだよ?自分の言ってること意味わかってんのか!?」
呆れて士乃は叫んだ。
「お前は自覚して無いのか?」
岩内が呟く。
「俺はずっと抑えてたんだ。男を……生徒を犯したいって欲望をな。でもお前は、こんな……」
「あッ!アゥ!」
乱暴に性器を握り込まれて士乃は悲鳴を上げた。
「卑猥な身体つきで俺の前をうろうろして誘いやがって!だがその誘惑に俺は耐えた。お前が俺の……生徒だったからだ。後藤みたいに簡単にのせられて、教え子に手を出すほど非常識な人間じゃない!」
俺が誘ってただって?こいつ……頭がいかれてる。殺されるかもしれない、そう感じて士乃はぞっとした。岩内は士乃よりずっと体格が良く力もある。その気になれば簡単だろう。おまけに今士乃の急所は――岩内の手の中だ。
「脱げ。裸んなれ。いつもやってる事だろう?」
逆らえず、士乃は震えながら従った。言われるまま服を脱いで狭い個室にしゃがみこみ、岩内の性器を口に含んだ。
岩内は士乃の口に自身を咥えさせたまま、頭を両手で掴んで逃げられないようにし、腰を押し付けてくる。乱暴に口を犯されながら士乃は、後藤や今まで寝たことのある男達のやり方以外に――こんな風に、その部分を――相手を苦しめる凶器として使う者もいるのだ、ということを思い知らされた。
そうして士乃を犯している間ずっと――岩内は、これは全部、士乃自身の責任なんだ、というような内容をうわ言のように言い続けていた。
事を済ませ……岩内は出て行った。士乃は裸のまま、個室の洋便器に座り込んで暫く動けずにいた。
どうにか立てるようになってから、トイレの水道で汚された顔と身体を洗い、まだ濡れているのにも構わず服を着て外へ出、藤棚の下のベンチへ倒れこんで明るくなるまで眠った。
目が覚めたとき――昨夜はわからなかったのだが、ジーンズのポケットにくしゃくしゃに折りたたんだ5千円札が入れられているのに気がついた。岩内は、士乃を買う、と言ったが、一応嘘ではなかったらしい。
5千円だって……安く見られたよな。士乃はそう思って顔を歪めて笑った。まああの先生、安月給なんだろ。仕方がないや。
両手の平で5千円札の折り目をこすって伸ばすと、立ち上がって手近のファーストフード店へ入り、その金で朝食を買って食べた。
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