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第22話

矢代が、アトリエの中央、イーゼルに載せられた滝井の絵の前に立ち、顎を撫でながら唸っている。 奥にある道具置き場から、指に付いた絵の具を拭いつつ出てきた滝井が、矢代のその様子を見て心配げに尋ねた。 「……まずいか?」 ここ最近彼はサングラスもニット帽もつけず、素顔のままでいる。 「いえ!素晴らしいです!今までのとは趣が違うけど、これは相当な高値で売れますよ!」 矢代は興奮した声で答えた。 士乃は鉢植えが並べられた出窓に腰掛け、外を眺めながら二人の会話を聞いていた。 正岡は一旦契約が終わって帰って行き、今はここに居ない。始めは士乃に言い寄っていた彼だが、士乃があまりに従順に、滝井の望むまま――いやそれ以上に――自分の肉体を捧げようとする様子を見てあきらめたようだ――あきらめたと言うよりも、尋常でないと恐れをなしたのかもしれない。 「杉村先生は初見君とここで顔を合わせてるので、出来上がったら必ず見せるようにと言われてるんですが……これは河津社長もお好みだと思うから……上手くすると競り合いにできるかも……」 「なにも無理に値を吊り上げる必要は無いさ」 「いやいや商売のためじゃありません」 矢代は澄まして言う。 「その方が公平ですから。それに、杉村先生にだけ紹介したら、後で僕が社長に叱られます。あのお二人はコレクション競いあってますからね」 「買い逃した方には、別にがっかりする事はないと伝えてくれ」 「は?それはどういう?」 滝井は指を拭いていた布を床に放り投げ、窓枠に座る士乃に歩み寄った――自分を見上げた士乃の肩を抱きながら言う。 「士乃で暫く……描くつもりだから」 「え!連作ですか!?」 矢代が驚いている。 「そんなところだ――一作だけでは……」 滝井は、腕の中の士乃の髪に大切そうに触れ、続けた。 「この子は、描ききれなかった。それが悔しかったから」 アトリエから母屋へと戻る廊下を二人で歩いていると、隣の矢代が口ごもりながら問いかけた。 「初見くん、あの……きみ、まさかその、ええと……」 続きを察して士乃は笑った。 「先生とデキちゃったのか、って?」 「う、うん……」 「違うよ。モデルとして気に入ってもらえてるだけ。先生が同性愛者じゃないってことは、矢代さんの方がよく知ってるでしょ?」 「うん……いや……そうかなあ……」 矢代は歩きながら腕を組み、考え込んだ様子で言う。 「今回……随分絵が変わったんだよね……」 「そうみたいだね。いつものより残虐だって正岡さんが言ってた」 滝井の作品の中で――士乃は生贄を捧げる台の上で両腕を縛り上げられ、ねじれた角を振り立てる黒山羊の頭を持った大男に犯されていた。滑らかに光る胴体の皮膚には切り割かれた大きな傷ができていて、そこから禿げ鷹が血肉をついばんでいる――だがそうされながらも、絵の中の士乃の性器は先端に雫を溜めて勃ち上がり、息絶える寸前であるはずの虚ろな表情は恍惚として――深い快楽を味わっているようにも見えた。 「残虐……うーん、それもあるけど……その、君の身体がね……」 少し赤くなりながら矢代は言った。 「今まで先生の絵では……襲う方のはともかく、襲われてる方……まあこの場合は初見君のなんだけど……そっちのアレが、あんなに生々しく反応してる様が描かれてたことは無かったんだよ……」 「そうだったんだ。だから俺と先生が、ほんとに関係したんじゃないかと思ったの?」 「うん……」 士乃は微笑んだ。 「そんな風に思われるほど俺が先生の絵に影響与えたんなら嬉しいけど……でも何もないよ。俺は……先生が見たがってたものを見せただけ……」 「ふうん……?」 「ほんとにあの絵、高く売れる?」 不安になって士乃は訊ねた。 「今までのと違ってても、買ってくれる人いるかなあ……」 「もちろん売れるよ!正直、僕も見ててぞくっときたくらいだもの」 矢代は照れつつも受け合ってくれた。 「残酷なのに……すごく官能的なんだよね。前々からああいう描写を要望してたお客さんは多かったんだ。でも、あの種の絵に関しては先生次第だったから、僕がどうこう言ったことはなかったんだけど」 「じゃあ、良かったのかな……?」 「良かったよ、もちろん!」 「そう?それなら……ほっとした……」 それから滝井は士乃をモデルに立て続けに絵を描き――士乃の肉体はその中で責め苛まれ、貪られ――嗜虐の限りを尽くされた。そうして、それらの作品は――どれも高値で残らず売れて行った。

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