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第12話 ネガティブ勇者、迷子になる

 食事を終えると、アインが手際よく片付け始める。  今まで掃除や後片付けはナイの役目だった。何か手伝えることはないかとアインに聞くが、座ってろと言われるだけ。  元の世界では何かしないと怒られていたが、この世界では何もしなくていいと言われる。本来なら嬉しいことだが、身についた習性がそう思わせてくれない。  役に立たないと。何かしないと。ボーっとしてたら怒られる。殴られる。  親が散らかしたものを片付けて、家の掃除や洗濯を済ませて、食事の準備をする。それがナイの日常。当たり前の生活。  それをしなくていいと急に言われても、どうしていいのか分からないし、落ち着けない。手放しで喜べるほど、ナイは今の状況に馴染めていないのだ。 「あ、ありがとうございます……」 「……別に」  片付けをしてくれるアインに礼を言うと、ぶっきらぼうな返事をされた。  だがナイとしては、レインズのように畏まった対応をされるより彼の態度の方がこちらも気を使わなくて済む。 「それじゃあ、もう遅い時間なので今日はもう休みましょうか」 「は、はい……」 「ナイ様、お部屋のことですが……」 「え、えっと。大丈夫です。そのうち慣れると思うんで……」 「わかりました。では明日の朝、迎えに上がります。朝食もこちらに持ってきますね」 「す、すみません」 「いえ。では、また明日」  おやすみなさいと言って、レインズはアインと共に部屋を出た。  再び一人になった部屋。  ナイは深く息を吐き出してベッドに倒れた。  さっき軽く寝てしまったせいで眠くはない。  それに、やっぱり広い部屋も大きなベッドも落ち着かない。柔らかくて肌触りもとてもいいのに、自分がこんな良いものを使って許されるのかという罪悪感が生まれてしまう。  誰も責めることがないのに。ここはレインズが自分のために与えてくれたものなのに。  ナイはどうしても自分には不相応な気がして、受け入れられない。 「……やっぱり、クローゼットがいいや」  ナイはベッドから掛け布団だけを引っ張って、またクローゼットの隅っこに寝そべった。  朝、レインズが起こしに来た時に分かるように、扉は少し開けておいた。 「勇者、か……」  明日から自分は勇者として何かしなきゃいけない。ナイ は体を丸めて布団に顔を埋めた。  まずは宝剣を探すためにもテオに会いに行かなきゃ行けない。  それから、魔物と戦わなきゃいけない。まだ見ぬ敵。自分は戦えるのだろうか。そんな不安が付き纏う。  魔物と戦って死ねるならそれでいい。生きたい理由なんてない。  死ねないのであれば、勝たなきゃいけない。勇者としての義務を果たさなければならない。  そうでなければ、レインズからの優しさもこの居場所も失ってしまう。ナイが戦わなきゃいけない理由はそれだけしかない。 「……ごはん、おいしかったなぁ」  ふと、さっき食べたサンドイッチを思い出した。  美味しいものを、美味しいと感じながら食べる。あの瞬間は自分が生きているんだと強く感じられた。  食事というのが生きることと深く繋がりがあるものだからだろうか。  ナイは美味しいものをまた食べれるなら生きていけるかもしれないと、少し思った。そのためなら、生きることに意味もあるかもしれない。 「……ちゃんと味覚あったんだな、僕……」  ちゃんと味わって食べたのは初めてだった。  匂いや食感、色んなものを味わった。  食事中もレインズはナイに話しかけてくれた。この世界のことや魔法のこと。この国のこと。  会話のある食事も初めてだった。ナイはそれに対して相槌を打つくらいしか出来なかったが、悪い気はしなかった。 「あの人の言う通りにしていれば、ご飯がもらえる……」  ナイは目を閉じた。  この世界に来てから、殴られてもいない。知らない人に犯されることもない。  こんな一日を過ごせたことは、覚えてる限りではない。  まだ夢を見てるんじゃないかと疑ってしまうくらい。 「……元の世界は、どうなってるんだろ」  あの世界での自分は消えたことになってるのだろうか。  あの親は急に子供が消えて喜んでいるのか、悲しんでいるのか。  ナイは昨日までの自分を思い出し、吐き気がした。 「……うっ」  今まで吐き気がしても、我慢できた。  でも今日はちゃんと食事を取ったせいで、まだ胃に物が残っている。  ナイはクローゼットから出て、何か吐き出せるものはないかと探すがここにはビニール袋なんかない。  込み上げてきた物を飲み込もうとするが、抑えきれない。ナイはその場に座り込み、吐き出してしまった。 「う、え、えっ……」  ナイは口を抑えるが、吐き出した嘔吐物は掌からこぼれ落ちてしまう。  汚れた床を見て、後頭部がサーっと冷えていくのを感じる。  どうしよう。貰ったものを吐いてしまった。綺麗な部屋を汚してしまった。  ナイは慌てて自分が着ていた服を脱いで床を拭いた。  やってしまった。  なぜ我慢できなかった。  こんなところを見られたら幻滅されるかもしれない。  ナイの頭の中はそんな後悔で埋め尽くされる。  バレないようにしないと。汚した服も洗わないと。朝、レインズが来たときに服を着ていなかったら怪しまれる。  ナイはシャツを丸めて、部屋のドアを音がしないように静かに開けた。  ドアの隙間から顔を覗かせ、周りに誰もいないか確認する。  人影はない。ナイは足音に気をつけて水場がどこかにないか探しに出た。  周りをキョロキョロと見渡しながら服を洗える場所を探すが、それらしい部屋が見つからない。  それどころか、自分の部屋がどこかも分からなくなってしまった。  部屋の数も多く、どれも同じような扉をしてるせいで見分けがつかない。服を洗えたとしても、自分の部屋に帰れるかどうかも分からない。 「……どうしよう」  あのまま部屋にいた方が良かったかもしれない。  今になってナイは後悔した。  吐いたりしなければこんなことにはならなかった。もっと我慢できていればよかったのに。  ああすれば、こうすれば。どんどん後悔が膨れ上がっていく。  ナイはその場に座り込み、蹲ってしまった。

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