24 / 26

番外編 出会い1

本編前、ナツの高校時代の恋人、旺実とナツの出会い編です。 この後、付き合いに至り、別れてから『檻の中』本編になります。 -------------------- 高校一年の夏だった。  頭が割れるような喧しさで鳴いていたセミの声が遠くなり、ぼわんと耳の奥で響いた。ふらり、と身体が傾ぐのが解ったけれどそれを支えようとする手足は出ない。世界がぐるりと回って倒れる前に誰かの声を聞いたような気がする──。  その日、今年初めて最高気温が30度を超えた。  自治体の行政無線放送ののんびりとした声は「熱中症予防を」と伝えていたし、テレビでも熱中症に気を付けてと盛んに放送していたけれど、俺はそんな事知る由もなくいつも通りに登校15分前に起きて身支度だけ整えて学校に向かう。  学校は嫌いじゃない。何ていっても夏はクーラーがあるからだ。学校の設定温度じゃ暑いというやつらもいたけれど、クーラーがない家から比べたら本当に天国だ。  勉強はよくわからない。だけどそれも俺だけじゃない。周りのやつらもみんな似たり寄ったりだった。田舎の学校を選ぶほどもない公立高校はバカも秀才もごっちゃまぜで、通称特進クラスとして進学希望の生徒の為の理系と文系の専門クラスもある。俺がいるのは進学なんて到底諦めた連中の通称就職クラスだ。  中学からの持ち上がりも多くクラス間の交流がないわけじゃない。だけど、就職クラスでも底辺の俺と特進クラスの間には教室の壁何十枚分もの厚さの壁がある。  こんなバカのいる学校はうんざりという視線を投げかけられるのも、陰口叩かれるのも、あまりに日常茶飯事で今では「はいはい、そうですか。すみませんね」と嘲笑うのが常だった。  ヒヤリと冷たいものが脇に挟まれる。  ──冷たい、けど気持ちいい……。  一瞬浮上した意識が、再びぼわぼわと沈んでいく前に声をかけられた。 「気が付いた? 大丈夫?」  落ち着いた低い声に『こいつは誰だ?』と一気に覚醒した。……つもりになった。重い瞼を気合で開けると、特進クラスの臙脂のネクタイ。たぶん、知らない奴。 「大丈夫だから、ほっといて」  そう言ったつもりが、耳に届いたのは心許ない「だ、いじょー……」だけ。どこから聞いても大丈夫じゃないって。 「ここ保健室だから、授業は気にせず寝てていいって」  大きな手に頭を撫でられる。  高校になっても変声期もなく、身長150センチ台から抜け出せない成長期の遅い俺とは対照的に、声も低く手も大きい。きっと背も高いんだろう。  せめて、せめてそんな見た目になれたら──、母さんだって安心させてやれるのに……、あんな男に好き勝手させないのに……。せめて──。   *****

ともだちにシェアしよう!