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第12話

(何があった?まさかイジメ?それとも家で何かあった?)  そんな思考を巡らせながら急いで退勤を済ませ、荷物を引っ掴み、昴がいるであろう児童書コーナーに向かった。  小さな椅子にちょこんと座った昴は、松木が渡したハンカチをじっと見つめていた。 「ーー昴」  呼ばれてこちらに顔を向ければ、目が真っ赤だった。松木の顔を見た瞬間、再び顔をくしゃりと歪ませた。 「大丈夫か?」  昴が腰掛けている椅子の横にしゃがみ、昴の髪をそっと撫でた。 「まっつん……」 「とりあえず、店出よう」  誰にも見られないよう素早く店を出ようとしたが、事務所に続く扉が開き豊橋と遭遇してしまった。 「あれ……?」  松木の横にいるいつもと様子の違う昴に、豊橋は口を閉じた。豊橋と目が合い、松木は昴に見えないよう口元に人差し指をあてると、彼女は小さく頷いたように見えた。  駐車場に止めてある自分の車の鍵を開け、昴に乗る様促す。エンジンをかけ、さてどうするか、そう思考を巡らせ、メシは? そう尋ねれば、首を振る。ひとまずコンビニに寄り、自分にコーヒーとサンドウィッチ、昴にカフェオレを渡した。ファミレスにでも入れればいいのだが、こんな状態の昴を人目に晒したくはない。コーヒーでサンドウィッチを流し込む。 (どこ行くかな……)  どこか人目もなく、車を止められる所はないかとナビ検索をした。自分のアパートとも思ったが、高校生を連れ込むのはいかがなものかと思った。それ以前に、人を招き入れる状態の部屋ではない。ナビでここから程近い所に運動公園があるようだ。そこに向かうべく車を走らせた。  その間、昴は一言も言葉を発していない。  一体何があったのだろうか。いつもあんなにも明るく元気な昴を、こんなにも泣かせてしまう事とは一体なんなのか。もし、泣かせた相手がいるのなら、こんな可愛い昴を泣かせるなんてーーそいつをぶん殴ってやろうか、そんな物騒な考えも過ぎる。  運動公園は店から十分ほど走らせた場所にあった。周囲には民家の灯りはなく、真っ暗な公園は不気味さすら感じる。無駄に広い駐車場の端に車を止めた。自分の他に止まっている車は見当たらなかった。  少し窓を開けタバコに火を点けると、このタバコが吸い終わったら聞いてみようか、そう思ったが、半分程吸ったところで火を消した。 「落ち着いたか?」  コクリと頷く昴の手には、松木が買い与えたカフェオレのカップと松木のハンカチを両手で包む様に持っていた。コンビニからずっとそうしてきたのか。  昴はやっとカフェオレを目の前のジュースホルダーに置くと、ハンカチを顔にあて「うぅ……」と、また嗚咽を漏らし始めた。 「泣いてちゃわかんねえだろ?」  堪らず昴を抱き寄せた。軽く背中を叩き、赤ん坊を宥める様に背中を摩った。 「俺ね……俺、男なのに……まっつんを、オカズに……一人でし……た……あのパーカー……まっつんの匂いがして、パーカーの匂い嗅ぎな……がら……しちゃったんだ……」  途切れ途切れで、支離滅裂だったが、言っている事は充分伝わってきた。  驚きで言葉を失うも、 「ーーそっか」  そう一言溢した。 「俺も、まっつんも男なのに……変だよね……。この前出掛けた時だって、まっつんと手繋げて……凄く嬉しかった」  言葉に吐き出して少し落ち着いたのか、口調がハッキリしてきた。 「まっつんがさ……女の人と話してるの見て、凄くムカついたし、名前で呼び合ってるの見て羨ましいって思った……そういう事は、女の人に対して思うことのはずなのにね……」  思わず昴を抱き寄せる腕に力が入る。 「男同士なのにこんな気持ちになるの変だって思ったらーーなんか、混乱しちゃって……」  そこで言葉を切ると、 「でも今日、まっつんの顔見て実感した。俺、男だけど、まっつんの事を好きなんだって。俺って変? 気持ち悪い?」  震える声でそう尋ねられれば、松木は何度も首を横に振った。 「変じゃない、気持ち悪くなんてない……」  言って良いものか、一瞬言葉を飲み込むも、 「安心しろーー俺も同じだから」  そう口に出ていた。  昴の気持ちを知り、自分の事でこんなにも悩ませてしまっていたのだと酷く自己嫌悪になる。殴られるべき人間は自分だったのだ。本当は、安易に答えを出すべきではないと思ったし、ひと回り以上年も離れている上に、ましてや男同士だ。 「まっつ……」  何かを言いかけた昴の唇を塞いだ。それは無意識だった。理性など考える余裕もなく、昴にキスをしていた。昴の小さな頭を抱え込み、角度を変えては啄むように触れるキスを何度も繰り返した。 「昴……」  一度唇を離し昴の顔を見ればトロリと顔を蕩けさせ、潤んだ目で松木を見つめている。  堪らずもう一度唇を重ねれば、今度は舌を差し入れた。無音の車内に舌を絡め合う水音だけが聞こえてくる。深いキスには慣れていない様子の昴の舌は、それでも必死に松木の舌を追い、応えようとしている。 (ヤバい……このまま続けてたら、勃つ……)  そうなる前にやめないといけない。そう思いながらも、昴の柔らかい唇の心地良さに離す事ができない。それでもなんとか理性を焚き付け唇を離す。名残惜しむように互いの舌先から透明の糸が引いた。  昴を強く抱きしめれば、昴も松木の背中に手を回し抱きついてきた。松木は昴の背中を何度か撫でると体を離し、昴を見れば松木の深いキスにすっかり力が抜けてしまったのか、ぼうっとしている。離れたくない、そう思うと肩を抱き寄せていた。昴も素直に体を松木に預け、顔を松木の胸に埋めている。二人は言葉もなく、誰もいない駐車場の片隅で暫くそうして抱き合っていた。

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