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悠介が快適なバス通学を始めてから更に一週間が経った。
相変わらずバス停のオレンジ色のベンチには例の男の姿がある。男の体つきは、この一週間で少しずつ変わってきた。悠介の想像していたのとは違う方向に。
(なんか痩せ……やつれてきていないか?)
なめらかな曲線を描いていた頬がこけてきた。シャツの裾が以前よりもだぼついてきた。襟と首の間に隙間ができた。ただでさえ細いのにそれ以上どうやって痩せるんだと目を疑うが、実際に男の体躯は一回り薄くなっている。そんな風にまじまじと観察している自分が気持ち悪いが、一度気づいてしまった以上気になって仕方がない。
今朝も彼は例のカロリー爆発クロワッサンを口に詰め込む作業に勤しんでいる。あの物量を食べて、昼食を食べて、夕飯を食べて、……それでそこまでやつれるものだろうか。
ふと。悠介は突飛な推論に至る。
(もしかしてこのパン以外何も食べてないんじゃないか……?)
そんな馬鹿な、と鼻で笑うが、否定しきれない悠介がいる。だって、でなければこの痩せ方はおかしい。
昨日の英語の小テストの結果よりも、今日の化学の宿題をやっていないことよりも、ベンチでパンを貪るこの男の食生活が気にかかる。余程声をかけようかと思って横に立ち、しかしなかなか話しかけられずにいるうちに、今朝も悠介のバスが来てしまった。後ろ髪を引かれる思いで乗り込む。あの男はどの便に乗ってどの町へ行くのだろう。その姿が遠くなるのを、車窓越しに眺めていた。
「和田の弁当っていつも美味そうだよな」
昼休み。教室で元野球部仲間と机を寄せて昼食を囲んでいると、友人のひとりからそんなことを言われた。
「そうか?」
一同の視線が悠介の何の変哲もない弁当箱に注がれる。本日のメニューは蓮根のきんぴらに豚の梅しそ巻き、煮卵が二切れと大学いも。ごみが出るのが嫌なので仕切りの代わりにサニーレタスを挟み、それが彩りにもなっている。朝五時に起きて、家族の朝食とともに悠介自身が用意したものだ。
「大学いも一個くれよ」
「じゃあお前のシュウマイ寄越せ」
隣に座っていた友人とおかずを一品ずつトレードしていると他の連中が俺も俺もと寄ってくるので、結局悠介自身の口にはひとつしか入らない。その分おかずの品数が増えるので不満はない。悠介からしたら特に自分の料理の腕が優れているとは思わない。だが大学いもを丸ごと頬張った友人らが大袈裟に「うめえ!」と体を震わせるのを見れば、やはり嬉しい。少し気をよくしてゆかりご飯を一口頬張る。ちょっと米が硬すぎたかもしれない。
「悠介が作ってるんだろ、これ。すげえよな、お前は料理人か嫁さんになるべきだよ」
百八十に届こうかという長身に程よく筋肉質の悠介に対して、嫁さんという言葉があまりにミスマッチで一同は大声を上げて笑いころげる。それに対して腹を立てることはしないが、ふと引っかかるところがあった。トレードによって手に入れた卵焼きに箸を刺したまま、ふむ、と考え込む。なるほど、そういう考えもあるのか、と。
突然箸を止めてぽかんとしている悠介に気づいて周りがいぶかしげに見てくるが、悠介の中には次々献立が浮かんでくる。
想像しただけで、緊張で手のひらに汗がにじんだ。だが、それに負けないくらいワクワクもしていた。
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