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 翌朝。悠介ははちきれそうな緊張と、いつもよりひとつ多い手提げ袋を抱えてバス停に向かった。住宅街を外れて一軒ぽつんと佇むコンビニ店の前の、この時間は利用者が二人しかいないバス停。その古ぼけたオレンジ色のベンチに、今日もその姿はあった。  着慣れたスーツ。一段と痩せた姿。手にはいつものカロリーモンスター。悠介になど全く気付いていないかのようにぼんやりとした様子で、ちびちびとパンを齧っている。  いつもこんなにぼうっとしていて仕事では大丈夫なのだろうか。どうでもいいことを考えてしまうのは、緊張のせいだ。手提げ袋をぎゅっと握りしめ、悠介は「あの」と喉の奥から声を絞り出した。  白い顔がゆっくりとこちらを向く。はじめて、目があった。墨で塗ったように真っ黒な瞳が、傍らに立つ悠介をはっきりととらえた。はじめてその顔をまともに見て、随分繊細な顔の造りだ、という印象を持つ。とろんとした目は睫毛の一本一本が細長く、唇も随分小ぶりで赤みが強い。どこか女性的な人だな、と思った。 「えっと……?」  戸惑ったような声はしっかりと低い男性のそれで、悠介ははっと我に返る。顔を観察している場合ではない。己に課せられたミッションを遂行すべく、正拳突きをするかのように手提げ袋を持った手を突き出した。 「こ、これっ。もしよければ、食べてください」  いつも半開きだった目が、きょと、と丸くなる。タテヨコ二十センチほどの四角い袋。がしゃんと鳴るのはプラスチック製の箸の音。どこからどう見ても弁当である。 「あの、もしかして、パンしか食べてないんじゃないかって。あっ、人の手作りとか無理ってタイプなら別に無理しなくていいんで、えっと、その」  緊張していますというのが丸わかりな早口でまくしたててしまう自分がみっともない。羞恥で顔を真っ赤にした悠介を、男はただただきょとんと見つめてくる。いたたまれなさに目をぎゅっと瞑ったとき、背後からバスのエンジン音が聞こえた。 「ば、バスが来たんで行きますっ」 「えっ?」  ぽかんとする彼の膝に無理矢理手提げ袋を置いて、停車したバスに駆け込むように乗車する。毎日座る定位置に収まり、膝に抱えたスポーツバッグに顔を埋めた。乗車口のほうをまともに見られなかった。ドアが閉まります、アナウンスが流れ、バスが走り出す。 (やった、渡せた……!)  達成感と同時に、スマートではない己への嫌悪感と、そして、迷惑ではなかったかという不安が今更のように湧いてきた。  驚いた顔をしていた。それはそうだ。悠介は彼のことを「毎朝やべえパン食べてるのにガリガリの人」と思っているが、向こうはそもそも悠介を、毎朝バス停で一緒になる高校生として認識しているかすら危うい。何せ彼は今朝まで一度も悠介のほうを見たことがなかったのだ。毎朝、ぼんやりと遠くを見詰めながら、まるで作業のようにパンを口に運んでいただけだ。そこまで考えて、名前すら名乗っていなかった自分に気づき、悠介はバスの車内で頭を抱えた。

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