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休日ということもあり、行きかう車が多い。速すぎず遅すぎずの程よい速度で進んでいく車内で、悠介はここぞとばかりに色々なことを透に聞いた。
「毎朝バスだから、車持ってないんだと思ってた」
「ああ、会社に駐車場がないから車通勤禁止なんだ」
「なんの会社?」
「流通コンサルタント……って分かるかなあ。小売店とか百貨店をプロデュースしたりする仕事だよ」
「へえ」
「僕は経理だから、実際にお店に行ったりはしないんだけどね」
「会社どこにあるの」
「桜木町。バスで二十分くらいかな」
「じゃあ俺の高校と全然方向違うね」
「黒瀧西だっけ? 僕は地元がこっちじゃないから、あまり詳しくないんだけれど」
「透さん、どこが地元なの」
「神奈川のはじっこ……って、今日はなんだか質問責めだなあ」
それはそうだ。いつもはバスを待つ数分間しか話せないのだ。こんなに長い時間を透と過ごせるなど夢のようだ。もっとたくさん、聞いておきたい。そのあとも他愛のない話をたくさんした。悠介にとってはひとつひとつが大事な話だった。透の好きな食べ物は、うどん、蓮根、ちくわ。共通点が分からない。大学進学でこちらに出てきて、専攻は経済学部。それから会社は社員百人前後の中規模な会社で、透のいる営業所には十八人の社員がいる。全ての情報を脳内のメモ帳に、余すところなく書きつけた。
そんなことを話している間に車は環状線を降り、郊外へと向かう道をひた走る。周囲の景色も街並みから緑へと変わっていき、比例するように行きかう車の数が減っていく。そんな道を十分ほども行けば、目的地にたどり着いた。
木々に囲まれた小さなレストランだった。白い壁に赤い屋根のちんまりとした装いが、玩具の人形の家のようで可愛らしい。
「へえ、こんなところにお店があるなんて知らなかった」
「会社の女の子から教えてもらったんだけど、僕もはじめて来たんだ」
砂利の上にロープを張っただけの簡素な駐車場に車を止めて、入り口を探す。まだ早い時間だというのに既に待機の列がわずかにできていたので、すぐにそこだと知れた。
「人気の店なんだね」
「そうみたいだね。……予約とかしてなくて、ごめんね」
「全然大丈夫。並ぼ」
店構えを見たときから予想してはいたが、並んでいるのは女性客ばかりだ。カップルもいなくもないので男性はいるにはいるのだが、男ふたりという組み合わせは悠介たちだけのようだ。
(俺と透さん、って、どういう風に見えているんだろう)
一番妥当なのは兄弟か。透の外見の若さを加味すると、もしかしたら先輩後輩。親戚同士、友人……には見えないだろう。
少なくとも、このふたりのうち片方がもう片方に片思いをしているなど、誰も想像しえないだろう。そして、透自身も。
もし今ここでその細い手をとったならば。その赤い唇に口づけたならば。透は一体どんな反応をするのだろう。そんな底意地を悪いことを考えてしまう。こんな下心がばれてやいないかと隣を盗み見るが、透は店内の様子をぼんやりと眺めているだけだった。
(隙が多いなあ)
そんな無防備だから、自分に惚れられてしまうのだ。理不尽な怒りすら込み上げる。このままだと何かよからぬことを口にしてしまいそうで、悠介は努めて明るい声で透に話しかけた。
「で、ここは何がおいしいお店なんですか」
「うん。手作りのピザのお店だよ。焼きたてのピザを席までもってきてくれるから、食べたいものを選んでいくスタイルらしい」
なるほど、バイキングのようなものらしい。それならば食べ盛りの悠介と、食の細い透の両方が満足できる。また、ピザという男子高生が好きそうなものをチョイスしてくれたのが嬉しい。
そんな話をしている間に順番が回ってくる。通された店内はログハウスのような造りになっていて、テーブルも大きな丸太を二本カットして作られたものだった。ちょっと沈みすぎるくらいにふかふかのシングルソファに腰かけて、ふたりでメニューを除く。ピザ以外には前菜やちょっとしたパスタ、デザートなどがあるようだ。透は水菜のサラダを、悠介は明太子パスタをそれぞれ注文した。
運ばれてきた料理も、定期的に回ってくる焼きたてのピザも、十分に美味しいものだった。これは隠し味にマヨネーズを使ってるなあとか、なるほどこういう組み合わせもあるのか、などどうしても作る側の目線で色々分析してしまうのは仕方ない。また、透の細い指が不器用に箸を操ってちまちまとサラダを口に運ぶ様を眺めてしまうのも、仕方ない。
前から思っていたが、透はあまり食べるのが上手ではない。毎朝のパンもよくぽろぽろ零しているし、今もまた、皿の底に貼り付いた玉ねぎスライスがうまくつまめなくて四苦八苦しているようだった。本来ならば欠点になりうるであろうところが、欠点と思えないところが透のずるいところだ。
「とってあげようか」
思わず声をかけると、白い頬がほんのり薄桃にそまる。
「いっ、いいよ。そんな、子どもじゃないんだから」
その言い方がもはや子どもっぽいのだということは言わないでおいた。そんな風に和やかに食事は進んでいったのだが、悠介が食後のデザートとして小さなティラミスをつついているあたりから、透の様子が変わってきた。
「……透さん、大丈夫?」
「え? な、なにが?」
平静を装おうとしているようだが、明らかに顔が青い。サラダの他には小さなピザを二切れ受け取っただけだったが、その二切れ目すら持て余しているようだ。半分ほどかじったところで手が止まってしまっている。
「無理して食べなくていいと思うよ」
「う、……でも」
言いよどむ。年下の前で食べ物を残すなどというはしたないことをしたくないのだろう。理解はできる。だが、無理をさせるわけにはいかない。
「それ、ちょうだい」
「え」
言うが早いか、透の皿から食べかけのピザをつまむと、有無を言わさず自分の口に放り込む。冷めかかったピザは風味が落ちてしまっていて、美味しいとは言えない代物だった。
「そ、そんなことしなくていいのに」
「だって透さん気にするでしょ」
固まりかけているチーズをアイスティーでどうにか飲み下し、自分のティラミスもさっさと片付ける。明らかに調子の悪そうな透をいつまでもここに置いておくわけにはいかない。
「俺に遠慮することは何もないからさ。早く出よう」
「……うん、ごめん」
俯いて、哀し気な顔をする透に心が痛む。違う、こんな顔をさせたかったわけじゃないのに。
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