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 季節は真夏と言って差し支えのない頃になり、悠介は来週から夏休みが始まる。その間の透の弁当はどうしようか、何ならそれだけ毎朝届けようか、しかしそれでは透のことだから遠慮するに決まっている……とぐるぐる考えている間にも、足は勝手にバス停へと向かっている。 今朝もやはり透の華奢な体はオレンジ色のベンチに収まっていたが、いつもと何だか様子が違う。歩み寄ってくる悠介に気づいて顔を上げたその表情は、全ての感情を削ぎ落としたかのように無感動だ。その能面に悠介はどきりとする。いつもは若く見える透の顔は、今は十も二十も老けて見えた。そしてその手に、いつものパンは握られていなかった。 「おはよう、悠介くん」 「お、はようございます」  声にも随分覇気がない。どうしてしまったのかと立ち尽くす悠介には構わず、透は鞄の脇からA4ほどの大きさのビニール袋を取り出した。誰でも知っている有名雑貨店の袋だ。それを悠介のほうに黙って突き出す。何だろうと思いながらも受け取ると、よく知った重みとプラスチックの感触がした。 「これ……弁当箱?」  普段悠介が使っているようなよくある形のそれではなく、今時の筒型タイプのものらしいが、大きさといい形といい、間違いない。今度からこれに詰めて渡せということだろうか。首をひねっていると、透がひどく気まずそうに口を開いた。 「いつものやつ、うっかり落として壊しちゃって……本当にごめん」  そう言う透は、俯いて悠介と目を合わせようとはしない。 「え? いや、何個もあるし別にいいんだけど。で、これからはコレに作ってくればいいんですか?」 「いや、これは弁償。お弁当は……今までありがとう」  鈍器で頭を殴られたのかと思った。それほどの衝撃だった。つまり、何か。もう弁当は作らなくて良いと、そう言ったのだろうか。なぜ。どうして。何で。疑問詞が頭の中をぐるぐる回る。 「本当にごめんね。ごめん……」 「――それは、何に対して謝ってんの?」  弁当箱はそう簡単には壊れない。ましてや昨日透に渡したものは留め具などもついていないもので、思い切り踏み潰したりでもしない限りまず壊れない。悠介は確信していた。透は何かを隠している。 「何……って、壊しちゃったこと、だよ」 「違うんじゃない? ねえ、本当は……」  問い詰めようとしたとき、曲がり角を曲がってバスがやってくる。何という間の悪さだろう。 「バス、来たよ」 「分かってるよ! ねえ、俺明日も作ってくるからね」  バスが停車し、ドアが開く。透は何も応えない。ステップに片足をかけたところで振り返り、もう一度声を張り上げた。 「明日も作ってくるからね!」  悠介の大声に、数少ない乗客が何事かとぎょっとする。座席に座っても、バスが走り出しても、ずっとずっと透の俯いた姿を見続けた。透は、一度も悠介のほうを見ようとはしなかった。  翌朝。  バス停のオレンジ色のベンチの上に、透の姿はなかった。悠介の手の中で、二つの弁当箱がむなしくガシャリと音をたてた。

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