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世界が灰色に染まる。 冷たい風が肌を撫でる。 冬空の下、いつもの通学路も人も全てが色褪せて見えた。 足を動かすのを止めたら、二度と歩けないのはわかっているから、ひたすらに歩く。 「…親父に伝えなきゃ」 既に警察から連絡があったらしい母から俺を心配するメールに返信もしないまま、俺ってまだ愛されてたんだ、と他人事の様に思うだけだった。 いつの間にか自宅の前に着いていた。 まだニュースにもなっていないからか、記者がいないのは唯一の救いだった。他人に今の心情をどうこう探られたくはなかったから。 門に手をかけながらも、視線は自然と隣に向けていた。 誠の部屋。いつも締め切られたカーテンが左右に開いている。他の窓も全て開けられていて、人の気配が全く感じられない。 門から手を離して、隣の家に近づいていく。 立派な門には昨日まで無かった白い紙が貼られていて、赤い文字で『売物件』と書かれていた。 玄関で学生靴を脱いで、自室に上がり部屋着に着替える。制服のシャツ、ズボン、靴下を持って一階に降りて脱衣場へ向かうと籠にあった父のシャツと裏返しの靴下も一緒に洗濯機に放り込んだ。 いつものように軽く掃除機をかけて、食事の用意を始める。 食材を押し退けて冷蔵庫を占領している父のビールが今日は嫌に煩わしい。衝動のまま、一本に手を伸ばしプルタブを開ける。一口、飲み込んだ。 「…にがい」 もう一度縁に口付けて息を止めると、喉を鳴らしながら液体を腹に流し込む。最後の一滴まで舐めて、台の上に乱雑に置いた。 慣れないアルコールに頭がふわふわしてくる。 スマホを取り出して、ラインを開く。 『佐藤』を押して、トーク画面に考えもなく打ち込む。 『あいたい』 ポケットに戻して、ぼう、と一点を見つめていると、ラインの通知が響いた。 『ごめんね。今日は仕事で会えそうにないんだ』 『景くんからなんて珍しいね。何かあった?』 しばらく、返ってきた文面を眺めて 『なんでもない。頑張って』 と送信した。 一定のリズムで切って、炒めて、煮て、最後に炊飯器のセットをしておく。何も食べる気が起きないので一人分だけ用意した。 自動化した手つきは自分の意志がなくとも淀みなく進んでいく。 洗い物も全て片付いたところで、ふと気づいた。 リビングを見渡す。見る者のなくなったテレビ。父と母が選んだ赤色のカーペット。いつも三人並んで座っていたソファー。 今。この場にいる自分は、一人だった。 誠はずっと一人で抱え込んでいた。 周りの期待に応えたくて、必死に足掻いていた。 ーーー本当は知っていた。 たまに俺に向ける視線に熱がこもっていたことも 伸ばした手が俺に触れる前に、一瞬の躊躇いがあったことも。 そんな訳ないと、気づかないふりをして、傷付けたのは、俺なんだ。 「……俺の…せいじゃん……」 ずっと目を逸らしていた。 父を殴ってでも、母を引き留めるべきだった。 彼にたった一言「好き」だと伝えればよかった。 家族が離れたのも 誠が死んだのも ーー全部 父からメールで今日は帰らないと連絡がきたのは、俺が家を飛び出した後のことだった。

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