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ふわりと嗅ぎ慣れた香水の匂いがした。
温かい。目を開けると部屋の電気がついていて、
コートを着たままの佐藤さんが俺の髪をすきながら見下ろしていた。
「ただいま。心配だったから仕事放り出して帰ってきちゃった」
「……」
「何かあったんだね。びっくりしたよ、電気を付けたら君がいるんだもの」
勝手に入ってごめん。
「……っ」
謝りたいのに言葉が出ない俺に何かを察したのか、優しく微笑まれた。
「大丈夫、ゆっくりでいいよ。話してごらん」
柔らかい声音で促され、つっかえていた言葉をようやく発することができた。
「…………ごめん。」
「どうして謝るの?」
「俺、ずっと好きな奴がいたんだ。佐藤さんと付き合ってるのに諦められなかった」
「うん」
「あいつも俺のことが好きだって知ってたのに…。
男同士で、あいつの両親は特に許してくれる訳ないから、だったらずっと想うだけでいいって黙ってたんだ」
「そう」
「あいつは誰よりも真面目で繊細な奴だったことを忘れてたんだ。」
親の期待と男の俺への想い。
心の拠り所は、友人の俺しかいなかったのに、それを俺は突き放し続けた。
「手を取って、抱き締めてやればよかった。」
視界がぼやける。
「そしたら死ななかったのに」
瞬きと同時に涙がこぼれた。
そっと目の前の身体が近づいて、目尻に軽く口づけられた。指の腹で優しく頬を撫でられる。
一度決壊した涙腺はとどまることを知らず、ボロボロと水滴が溢れてくる。嗚咽混じりの泣き声が部屋に響く。
ひとしきり泣き終わるまで佐藤さんは傍で、黙って頭を撫で続けてくれた。
「大切な人が逝ってしまったのか、…辛かったね。君は相手のことを想って身を引いてたんだろう?それは君の優しさだよ。」
「誰だって、相手の気持ちを本当に理解することなんて出来ない。彼に君の気持ちが伝わらなかったことは、とても悲しいことだけど。彼も自分の気持ちから逃げていたんじゃないか?」
「…うん」
女性とひっきりなしに付き合うのも、薬に手を出したのも誠の意志だから。
「お互いに恋に臆病だっただけだよ。君たちは純粋で綺麗だね」
今まで出会った誰よりも美しい人が、陰りのある笑みを浮かべてそう言う。
気付けば首の後ろに手を伸ばして、目の前の綺麗な顔を引き寄せていた。
初めて自分から触れた唇は相変わらず柔らかい。
「…な、にを」
「…キス。」
額を合わせて琥珀色の瞳を見つめる。
「…誠への気持ちは確かに恋だった。……でも俺はいま佐藤さんと付き合ってる」
暗闇のなか、救いだして、暖めてくれたのは佐藤さんだから。
「今までちゃんと向き合わなくてごめんな。甘えるのも触れられるのも一人がいい。
俺の恋人は佐藤さんだけだよ」
「…本当に僕でいいの?」
「うん。佐藤さんは優しくて、かっこよくて俺には勿体ないくらいだけど」
こんな俺でいいなら、貰ってよ。
囁いて、もう一度キスしようとすれば、頭の後ろに手をまわされて、深く口づけられた。
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