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14.その星の名は②

 車は街中の駐車場に停められた。 「連れてきてくださってありがとうございます」  昴の家の前で北斗は言った。 「もう、あなたが心配するようなことはしないので安心してください」  なるべく誠実に伝えたつもりだったが、冬真はなぜか、どこか納得いかないような、やりきれないような顔をした。 「…… 別に、あなたを排除したところでまた別の人間が現れるんでしょうし。…… それに俺は基本的にいつも部外者なので、今回みたいに相手の人と関われる方が特例というか」  冬真は慣れた様子で呼び鈴を鳴らして家の中に入り、案内もなく二階へ上がった。そして昴の部屋の前で 「昴、俺ー」 と声をかけて返事を聞かずにドアを開ける。随分慣れたその様子から、日頃から彼のもとを訪ねていることがうかがえる。 「本返してきたから」 「あー、ありがと、わざわざ……」  今まで寝ていたらしい昴はベッドから身を起こしながら言う途中で北斗を目にすると、ベッドについていた手をがくんと滑らせた。彼の体は再びベッドに沈む羽目になる。 「ちょっと俺…… 幻覚見るほど熱高かったかな……」 「あの幻覚は俺の差し入れ」 「冬真そんなことできんの……?」  北斗は目の前でよくわからないやりとりをする昴と冬真を見つめた。旧友というのは本来こういうものなのかもしれない。 「俺もう帰るから、昴は幻覚さんと好きなだけお話しして」 「待って俺と幻覚を二人きりにしないで」 「俺、明日朝早くから仕事だし」 「う、う、うそだ…… 冬真が俺に嘘吐いた…… だって冬真は昔から休みの日に学校行くのが死ぬほど嫌いで今でも残業と休日出勤が殺したいほど憎くてそして明日は日曜日」 「なんという名推理……」  背を向けて帰ろうとする冬真に昴は熱があるとは思えないほどの力強さでしがみついてくる。手ぇ離して、と冬真が言うもなかなか離そうとしないその手を、横から北斗がつかんだ。突然の介入に驚いた昴の手から力が抜ける。その隙を冬真は逃さず、「じゃ」と言って素早く部屋を出ていった。引き留める暇すらない。 「…………」  冬真が出ていくと、昴の手をつかんでいた手はあっさり離れた。昴は気まずそうに視線を逸らした。 「コート、ありがとうございました。あとこれも…… 貸すって言ってから大分経っちゃったんですけど」  言って、北斗は一冊の本を差し出した。元が古本なせいで所々擦り切れているその本の題名を見るなり、昴の瞳がぱっと輝いた。 「これ、あの映画の?」 「はい。…… よければ差し上げます」 「それはさすがに……」  言いながら昴は既にページをめくり始めている。本好きの性だ。思わず北斗が笑みを浮かべていると、それに気づいた昴が頬を赤らめながら慌てて本を閉じた。その姿に北斗はまた頬を緩める。 「僕はもう何度も読んだので、気にしないでください。今回の風邪の…… お詫び、にはならないかもしれないですけど」 「いやそんな…… 俺、普段から薄着で寝ちゃうことが多くて、多分寝冷えしたんです。別に北斗さんのせいじゃないですよ」 「そんなことないです」  固く張り詰めたような声に、昴は怯んだ。彼の声は今までにない真剣みのようなものがあって、まるで知らない人のようにすら感じられた。 「…… じゃあ、あの…… しばらく借ります」  ありがとうございます、と言って昴は本を脇に置いた。北斗は安心したのか、ほっと小さく息を吐いた。 「でも本当に大した熱じゃないし、もうほとんど下がってるので全然気にしないでください」 「それだけじゃないです」  北斗を安心させるつもりで言うと、彼はさっきよりもやや穏やかな声で返した。 「…… 僕もそろそろ帰りますね」 「あっ、はい。ありがとうございました、わざわざ」  立ち上がろうとする北斗に合わせて腰を浮かせると、肩をそっと押さえられる。けして強引ではない、しかしどこか諭すように「ゆっくり休んでください」と言われるともう逆らえなかった。かろうじて「帰り道気を付けて」と投げかけると、彼は微笑とともに手を振って部屋を出て行った。  北斗が出ていくなり、昴はベッドに倒れた。  目の前にある本を見つめる。装丁はシンプルで、けれど水彩絵の具で描かれたようなあたたかみのあるデザインだ。何度も読んだような跡がある。  白く骨ばった指先。寂しそうに眉を下げた笑い方。ふっとどこかへ消えてしまいそうな背中。  触れたい。抱きしめたい。  どうしよう、好きだ。 *  北斗は既読のつかないメッセージ画面をじっと見つめた。仕事が忙しいのかとしばらく待ってみたが翌日の夜になっても既読がつかない。この前、寝る前には必ずスマホを見てから寝ると言っていたのに。めったに押さない通話ボタンを押して電話をかけてみるが出ない。北斗はバスを途中で降りて吹雪の部屋へ向かった。  吹雪の部屋の前で呼び鈴を鳴らす。吹雪は出ない。まだ仕事から帰っていないのだろうかと周囲を見渡してふと、表札にいつもかかっていた彼の名字の書かれたプレートがないことに気づく。どくん、と喉の辺りが大きく脈動した。たまたま隣の部屋に入ろうとする隣人が目に入り、北斗は「あの」と声をかける。 「ここに住んでた人って……」 「何日か前に出て行ったみたいですけど」  冷たい風が吹いて、北斗の体をなぶった。  いつもの場所に、彼はいなかった。

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