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16.untracked snow②
家まで送るよ、と吹雪に言われたので北斗は再び車に乗り込んだ。深夜、車通りのほとんどない国道をシルバーのワンボックスカーがひたすら進む。進みながら吹雪は、年末に忘年会をした焼肉店で北斗と一緒にいた男を思い出していた。
北斗は変わった。何が、と問われても一言では表せないが。
以前の彼は、自分を見つめる余裕などなかった。己の纏う寂しさに、孤独に。怒りに。哀しみに。気づかせたのは誰か、つい想像して怖くなる。自分から手放したくせに矛盾している。
ふたりの間では、つい先ほど始まったラジオ番組のパーソナリティが番組に届いたメールを読み上げている。
「…… 北斗ってさ」
ぼんやりしながら聞いているとふと吹雪が口を開いた。
「いつから俺のこと好きだったの?」
「何、急に」
「いや何となく。いつかなーと思って」
北斗は車の窓から外に目をやった。
「最初に君に会った時にまず綺麗な子だなあとは思ったけど…… 多分、中三か高一の間くらいかな? 周りがそういう話してる時に君を…… 君のことをまず考えるようになったから……」
「じゃあ俺のが先だ」
「そうなの?」
「うん」
車も人も、何も通らない交差点で信号が赤に変わり、吹雪は律儀に従った。そして、真横に視線を向けて助手席に座る北斗を見る。
「俺の勝ち」
突然真面目な顔でそんなことを言うので、北斗は言葉を失った。
「…… いや、勝ち負けじゃないでしょ……」
呆れたように言えば、吹雪は小さな声で笑った。
「ていうか北斗、俺の顔好きなんだ」
吹雪の言葉に北斗は「うーん」と首を傾げる。
「好きとはちょっと違うけど…… ていうか、好みの顔と綺麗だと思う顔って違うし」
「そっか。でも君モテるからそういうところ目が肥えてるのかなと思って」
「嫌味だ」
転校してきたその瞬間から人気者だった男がそれを言うかと顔をしかめると、吹雪は本当に何もわからない様子で「何が」と尋ねてくる。
「君よりはモテないよ」
「そんなことないよ」
信号が青に変わって、車が再び動き出す。
「俺なんかよりは北斗みたいな人の方が好かれやすいと思うんだよね。―― 恋愛とは別にしてさ」
どういう意味かわからないでいる北斗の隣で、吹雪はハンドルを切った。住宅街に入って車線がひとつになる。
「北斗、料理はできないし部屋もすぐ散らかすしもの失くすし、字はマシだけど絵はものすごい下手だから」
「…… 馬鹿にしてる?」
眉間に皺を寄せて言えば、違うよ、と笑って返される。
「じゃあ何の話」
「…… 俺の、…… 俺が思う北斗のいいところの話」
「やっぱり馬鹿にしてる」
「違うって」
北斗の母は北斗に家事をさせなかった。食事や洗濯など身の回りのことすべて祖母がやってくれたし、それで不自由はなかった。…… 不自由のないようにしてくれていたのだと思う。
「外食とかコンビニばっかだと栄養偏るよ」
「ばっかってわけじゃない…… この前母さんとこでご飯食べたし」
母と義父、合わせて月に数度誘いがあって、そのうちの数回は断るのだが一回は断り切れずに受けることになる。
北斗の部屋があるアパートの少し前で、吹雪は車を停めた。礼を言いながら降りようとする北斗のに、吹雪は「よかったじゃん」と声をかける。
「北斗はほら、自炊がちょっと…… あれだから」
「じゃあねばいばい!」
肩を怒らせながら声を荒げて車を降りると、運転席で吹雪が笑う。今日はよく笑うなと思って振り返れば、唇の端に薄く笑みを浮かべた彼がこちらを見ていた。
「じゃあね、また」
「――…… うん。また」
いつものように手を振って北斗が自分に背を向けたのを見てから、吹雪は車を発進させた。しばらく国道を走って、途中にあったコンビニに停車する。
(俺、ちゃんとできてた? 変じゃなかった?)
ハンドルの上で、寒さにかじかむ指先を手のひらにぐっと握り込む。長く息を吐いてから車のドアを開けてコンビニへと入る。店内のあたたかさと冷えた体のギャップで耳がじんと痺れた。
…… 何も間違っていなかったはずだ。じゃあ何が正解だったかなんてわからないけれど。何一つわからないけれど、でも、ひとつだけ間違いがあるとするなら、きっと。
彼の痛みを、孤独を何一つ癒すことのできないこの手で彼を引き留めることなんだろう。
「―― 本当だ、」
カフェラテの入った紙コップで手を温めながらコンビニを出て、吹雪は呟いた。
星が綺麗だ。
源氏星、平家星からなるオリオン座。
冬の大三角形を構成する一等星シリウス。
そして古来から人々を導いてきた北極星。
ああ、願わくばどうか、彼の旅路が苦しみや哀しみに満ちたものでないといい。
そんなことを思いながら、吹雪は再び車に乗り込んだ。
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