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第8話
寝過ごした!
時計を見ると、午前6時。
昨夜の宝石君のユーチューブ撮影の取材を飛ばしてしまった!
許可が降りている間は1分たりとも撮り逃せないのに!
夜の撮影までと思い、編集作業をしていたところまでは覚えてる。
……が、その後の記憶がない! あれから何時間? 10時間以上も寝てしまったってことか?
「あーーーー」
大失態だ……夢ならばいいなーーと再び枕に顔を沈めた。
編集長怒るだろうなーーネチネチネチネチ嫌味を言われるに違いない。しかしやってしまったものは仕方がない。明からに現実だし、とりあえず起きてシャワーを浴びる。午前中の撮影は絶対に撮らなくては。撮影許可は今日の昼までだ。
しっかし、体がだるいなーー寝過ぎたせいか。こんなに長時間寝てしまうなんて、やっぱり病気なのかも知れない。この取材が終わったら絶対、医者に行こう。
・・・・*・・・・*・・・・*・・・・
今日はマンションのベランダでの優雅なブランチという設定だろうか?
庶民のベランダではもちろん無い。多分20畳以上はあるスペースに真っ白い大きなサンルーフがついていて、その下にはアンティーク調のソファーとダイニングテーブルが置いてある。なにより、なんで野外なのにふわふわのジュータン引いてあるの? こんなに野外感ないなら部屋でよくね?
まあ、それでも5月の爽やかな風は気持ちいいか……しかし眼下には永田町。国家の主要機関がひしめいてる。これを睥睨して暮らしてるなんて……話題作りなのか? 虚栄心なのか……どちらにしろ、その若さでなんの野望抱いてるのーー? 最近の若者ホントそら恐ろしい……。
テーブルの上にはさ3段のアフタヌーンティが用意され、キラキラしたマフィンやサンドイッチ、フルーツなどが乗っていた。宝石君は不思議の国のアリスのような格好をしていた。すげーー似合ってる。絵本の世界そのままだ。ほんと惜しい。女の子だったら生意気な性格ぐらいむしろたまらない! むしろ睥睨されたい! むしろその赤い靴で踏まれたい! ……と思うくらい可愛いのになーー。
「昨日中断しちゃったから、ついでにインタビューしていいよ」
え? 俺もYouTubeに出るってこと?
「いや、でも俺が画面に映ったら世界観が崩れちゃいますよ」
「別にいいんじゃない。そういうのも面白いしーー」
うーー自分がメディアに出るのは、願い下げだが、昨日もチャンスを逃してしまったし、インタビューはしたい。生放送なんだよな。大丈夫なんだろうか? 女子マネ(多分)が不安そうにこっちを見てるけど、宝石君の言うことは絶対らしく、口出し出来ないっぽい。
もうどうとでもなれだ!
「……では出演させていただきます」
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世界観を壊してもいいって言ったくせに……。
そのままメイク室に連行され、あの二人のねーちゃん達に着替えさせられた。イカサマ手品師みたいな感じ? 黒い燕尾服にシルクハットなんて生まれて初めての格好だ。メイクもされて黒い眼帯もつけられた。くそ恥ずかしいわ! 編集部の奴ら絶対大笑いだな。
いや! なりふりなんぞ構ってはいられない! 昨日のツケを取り戻さねば! 宝石君の向かいの椅子に座らされると、そのまま撮影が始まった。打ち合わせも無しなの〜〜?
「似合ってるねーー」
宝石君は心にもない言葉を吐きながら笑ってる。
「口調は女の子じゃなくていいですか?」
「いいんじゃない?」
言うと宝石君はカメラに向かってにっこり手を振った。
「ねーーいいよね?」
……と視聴者に承諾を取る。あーー頷いてる。みんな画面の前で頷いてるね! 見える! 見えるよ!
「今日は今、僕の密着取材をしてもらってる貝王社の黒木さんにゲスト出演していただきまーす!」
急にテンション高く、宝石君は俺を紹介した。
「よろしくお願いします」
ノリが良くわからん! どーすりゃいいんだ? 取り合えずカメラに向かって頭を下げた。
「緊張しないで、なんでも聞いてくださいね〜」
カメラ前だと人格変わるなーーまあこういうもんか。テンション低く喋ってもつまらないだろうし。
「じゃあ、お尋ねします。どうして我が社の取材を許可してくれたんですか?」
「かったーーい! もっと楽しい話がいいのにねーー?」
また画面に向かって話しかけてる。
「それはねーー黒木さんに恋しちゃってるからかな?」
指できゅんポーズを作るとカメラに向かってまさかの一言!
やめろーー!! お前は冗談だろうが、こっちは画面の向こうの阿鼻叫喚が聞こえてくるわ!!
「……ありがとうございます。冗談はさておき、どのメディアにもほとんど素顔や普段の姿を見せないスファレライトさんが我が社のインタビューだけは、ほとんどNGなしの掲載許可をいただけていることに本当に感謝しています」
「雑誌売れた?」
プレートの上のマカロンを摘み口にポイっと入れながら宝石君が聞いてくる。
「おかげさまで過去最高の売り上げを出させていただきました」
「そうなんだーー良かったねーー僕のことなんかで売れちゃうんだね?」
今までなにやってたの? って聞こえるのは俺の被害妄想か。
「スファレライトさんは今一番話題の人ですから」
「そうなんだーーみんなも買ってくれたのかな? ありがとうね!」
宝石君は画面に向かって手を振りながらお礼を言った。もっと突っ込んで聞きたいが、そういうわけにも行かないな。NGなしとは言っても万一地雷を踏んだら、生放送では取り返しがつかない。くそ生意気ではあるが、会社の利益にここまでの恩恵をくれた宝石君への恩義もある。汚い大人で申し訳ないが、おいしいネタはここで公開してしまうより雑誌に載せたいしな。この撮影が終わったら『くだらなーーい』と宝石君からお叱りを受けそうだが、仕方ない。好きな食事や、好きなブランド、好きな曲などの話に終始して撮影は終わった。
「この密着取材の様子は貝王社【BLACK30】9月号のの紙面。動画記事販売サイトに載るからみんな絶対買ってね!」
宝石君はニコニコしながら最後に宣伝までしてくれた。今頃これ見て編集長舞い踊ってるだろうなーー。
・・・・*・・・・*・・・・*・・・・
「お疲れ様ーーとりあえずこれで密着取材終わりねーー帰る前に僕の部屋に寄ってよ。お土産あるからさ」
お土産? なんだろう。もうひとネタでもくれるのかな?
「帰り支度が済んだら伺わせていただきます」
とりあえず無事に終わってよかった。色々疑問は残るが、メリットは大きい。ちゃんとお礼しとかなきゃだな。
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