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第3話

「書類をいただきに参りました」 「そこに出来てます」  山田は社長室で大人しく机の前に座り、スーツ姿で書類に目を通しながら返事をした。  あれから2週間。ずっと言ったことを守っている。  自分が望んだことだが何度見ても違和感が拭いきれない。今までがおかしかったのにそっちの姿が長すぎたせいで感覚が狂ってしまっていたんだ。気をつけないと。 「14時からショップグリーン社の三峯社長がいらっしゃいますので、時間になったら応接室にお願いします」 「わかった」  仕事もスムーズ。今までアポイントの時間に、山田がどこにいるかわからなくて先方に平謝りとかザラだったからな。平和だ。  * * * 「社長ーー!」  応接室に入るなり、有名通販会社の女社長は山田の変貌ぶりに悲鳴を上げた。  三峯聖子(みつみねきよこ)社長は45歳独身。細身の体に鎧のようにブランド品を身につけている。いわゆる美魔女だ。山田は来社のたびに逃亡していたので、二人はあまり面識がない。  ショップグリーンは民放テレビの深夜の時間帯やBSチャンネルで女性向け商品を生放送で販売して、人気を博している通販会社だ。香水はキツくて今すぐ窓を全開にしたいが臨場感のある現場を作りあげ億越えの売り上げの商品を連発している力量は認めている。    今日は夏の贈り物企画で取り扱うスープの詰合せセットの打ち合わせ。商品については現場同士でほぼ決定しているので社長に最終報告という名の顔出しだった。 「素敵ですーーやだーー! あのおひげの下にこんないい男を隠してたんですね」 「お久しぶりです。三峯社長」 「今度テレビにも出て下さいよ。絶対売上げ倍増ですよ!実際開発者の有名タレントが出て3時間で2億売り上げた例もあるんです」 「そうですね。検討させていただきます」 「いいーー笑顔! その顔で購入を勧められたら、視聴の女性絶対買っちゃいます!」 「三峯社長、ぜひ今回の商品のご説明を」  山田が笑顔を貼り付けたまま硬直しているので、仕方なく助け舟を出した。 「あら。八魂専務もお久しぶりです。半年に一度しかお会いできないなんて寂しすぎます〜〜今社長にお願いしたテレビ出演のお話、是非前向きに考えてくださいね。そうだ! お二人でどうです? 効果倍増!」 「私は裏方ですから」 「もったいない! そこをなんとかーー」 「ありがとうございます。ぜひご説明を」 「あ、ああ。そうね。ごめんなさい。御社の佐々木チーフからご提案いただいている案でほぼ決定してるんですけどね。最後のご報告だけは直接お会いしないとと思いまして」  言うと三峯社長は贈答用にパッケージされた箱を開けた。今回はうちのスープと美濃焼のスープカップ、漆塗りのスプーンの二人用、四人用セットになっていた。スープは別売りで追加OKという仕様らしい。 「ご存知の通り、うちの視聴者様は高齢の女性が多いので、日本製で丁寧な作りのお品のセットにしています。夏ギフトですので、口当たりは軽めで飲みやすく、それでいてスッポンなどの高級食材をふんだんに使用して高級感、健康面でもアピール。高麗人参の入った特製冷製のスープもセット致しました」  ま、今回も磐石だな。 「さすがです」 「ではこれで進めさせていただきますね」  聖子社長はにっこりと笑った。大金がかかっているだけはある。年齢とは思えない美しさだ。 「約束ですよ!」  聖子社長は帰り際、見送った山田に抱きついて頬にキスをするとテンション高く帰っていった。呆然とする山田の頬にはイラストのような赤いキスマークがべったりとついていた。 「セクハラされたよーー!!」  三峯社長が見えなくなると、山田はいじめを受けた子供のように大声を上げた。ショックのあまりか口調が戻ってる。近づいて来た体から強い香水の匂いがした。 「りんちゃん消毒してーー!!」  なぜだか、ものすごくムカついて、近づいてきた顔に思いっきり平手を食らわせてしまった。山田はびっくりした顔をすると、しょぼくれて社長室に籠ってしまった。  流石に可哀想だったかな……。  手のひらにべったりとついた赤い口紅が気持ち悪い。  洗ってもなかなか落ちずイライラした。    * * * 「もう! 限界ーー!」  久しぶりに来た山田は桐生の作ったオムライスを食べながら絶叫した! 「近所迷惑だから、あまり大声はやめて下さい」 「だってさーー! こんなに頑張ってるのに、りんちゃんニコリともしてくれないし」  うーん。まあそうだろうな。山田にとっては大変なことでも、通常から考えればマイナスから0位置になった位の変化だし。 「オムライス美味しいーー卵とろとろーーしょうちゃん料理上手!」  泣きながら食べてる。容姿が良くなってるだけに違和感が半端ない。 「その…ほんとに八魂と恋愛したいんですか?」 「うん。恋愛したい。というか結婚したい」 「なんで結婚なんです?」 「だってさーー一生一緒にいるなら好きな人がいいでしょーー? 結婚しろって親に言われても全然ピンとこなかったしさーーでもさっちゃん達見て、あ!男同士でもいいんだ!って思ったらりんちゃんが思い浮かんだんだよねー」  やっぱり俺たちのせいか…。  すまない。八魂。 「でもお互い好きじゃないと難しいよな」 「わかってるよーーでも、他の人じゃ絶対ヤダし。このままでもいいんだけど、りんちゃんが他の人と結婚しちゃうのだけはどうしてもヤダ!」  うーーーーん。難題。 「もう襲っちゃったらどうですか?」  言いながら桐生は、山田の皿に追オムライスをぞんざいに乗せた。ここのところ仕事が忙しかったらしく久しぶりに来たのに、また山田とバッティングしてむくれている。アドバイスも投げやりだ。 「やめろーーーー!」  急に生々しいわ! 「無理矢理はダメだよーー愛がないとね!」  あーー良かった。そうだよな。しかしあの八魂が愛があるって状態も、ちょっと想像の域を超えてるが……。

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