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第4話

「いいですか? 口調だけは絶対気をつけてくださいよ。生放送なんですから」 「わかってるよーー」  全く緊張するってことを知らないのか? 直前までお菓子をボリボリ食べてんじゃない! 山田の背広についている菓子クズをバンバンはたいて落とした。  有明にあるショップグリーン社の自社スタジオでこの間のスープセットの紹介コーナーに山田がゲスト出演することになった。まあ確かにそれで売り上げが上がるなら出る価値はあるかと承諾したのだが、山田が何かやらかしそうでヒヤヒヤする。  通常専門のプレゼンターの女性が商品を紹介するのだが、今回は三峯社長自らプレゼンターとして出演して紹介とするということで、いつもより社員も多く集まっているのだそうだ。今でこそたくさんのプレゼンターがいて商品を紹介しているが、最初の頃は全て社長自ら紹介していて今でも社長が紹介すると桁が変わるとまで言われているカリスマプレゼンターらしい。  倉庫内に作られた自社スタジオは地方のテレビ局だったら負けてんじゃないだろうかと思うくらい大きくて本格的なスタジオだった。 「なんと今日はこの美味しいスープを作られている会社の社長様にこの有明スタジオまでわざわざお越しいただきましたーー」  アシスタントの女性に呼ばれて山田が裾から登場した。自分が出るよりよっぽど緊張する。まるで幼稚園児のお遊戯会を見ている母親の心境だ。 「山田です。本日はお招きいただきありがとうございました」  言うと、カメラに向かって挨拶した。  大丈夫そうだな。 「ではこの美味しいスープを作られた想いを社長様にお尋ねしたいと思います」 「私は美味しいものが大好きなんです。職権乱用ですが自分が食べたくてスープ部門を作りました。社員のみんなには沢山我儘を聞いてもらって最高のスープを作っています。その味をぜひ皆様にも味わっていただきたいのです。淑女の皆様どうぞお試しいただき美味しくなかったら、ぜひ私まで苦情をお知らせください」  言うと、山田は手のひらを翳しながら、カメラ目線でにっこりと笑った。  よしよし! やれば出来る子だな!  なんだ? ピーピーという警戒音みたいな音が鳴り響いて商品の横に置かれたパトランプが回り出した。 「すごいです! 注文殺到しています!」  アシスタントの女性が興奮した様子で声高に報告した。なるほど演出か。 「皆様画面左下のお問合せ状況をご覧ください! 真っ赤でございます。お電話での受付が大変混み合っております。インターネットをお使いいただける方はそちらから、お電話の方は必ずお受けいたしますので、おかけになってそのままお待ちください!」 「まあ、皆様お気が早い。お味のご紹介もまだですのに……」  真っ白なスーツを着た聖子社長が満面の笑顔で話し始めた。  顔が高揚している。勝利を確信したな。 「さ、皆様に怒られてしまいそうですが、山田社長と優雅なブランチをしながらご紹介致しますね」  言うと、二人隣り合ってソファーに座りスープを口にする。もちろん今回セットにする美濃焼のカップとスプーンを使用していた。 「本当に美味しい。体に染み渡るようです」  一口啜ると、聖子社長は感歎の声を出した。 「今回のスープは特に女性の美しさを意識して作っています。最高級の高麗人参や漢方を使用していますが、だからと言って飲みにくいものは絶対に私が嫌なので、何よりも追求しているのは美味しさです」 「美味しいものをいただいて、なおかつ体に良いなんて我儘な女性の願望を全て叶えていただいていますね」 「女性はわがままでこそ美しい。それを叶えるのは男の楽しみです」  覗き込むように山田が言うと聖子社長の頬が赤くなった。百戦錬磨の彼女の素顔が見えた気がした。  しかし、こんなこと言えるんだな。意外。  もしかしたらこれが山田の本来なんだろうか?  パトランプはずっと回りっぱなしだ。 「電話受付待ち300人を超えました! 皆様本当にお待たせして申し訳ございません! 必ず受付致します! どうぞそのままお待ちください!」  アシスタントの女性がまた煽るようにアナウンスする。画面がコールセンターに切り替わり、鳴り響く電話のコール音とオペレーターの女性達が慌ただしく受付している様子が映し出された。  もはやプレゼン必要なしと判断したのか、山田と聖子社長が優雅にスープを飲みながら歓談する様子を映して収録は終わった。 「本日は本当にありがとうございました」  聖子社長は山田の手を両手で取り興奮気味に礼を言った。集計結果はまだ出ていないが、例の俳優の記録を塗り替えること確実な結果になったらしい。こちらも明日には増産体制を指示をしなくては。上々な結果だ。

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