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第7話

 学生時代。山田は変人として有名だった。往々にして頭でっかちの大学は変人の巣窟だが、その中で変人扱いされているのだから相当だ。キングだ。変人オブ変人だ。  【秘密基地部】というふざけた名前のサークルの部室で深森と二人わけのわからない機械類に囲まれて生息していて、時々奇声や爆発音が聞こえてくる。と言う噂を耳にしていた。深森は、まぁ見た目は普通の学生という感じだったが、山田は容姿も異様だった。今はいくらかマシになっているが、当時は背中まで伸びた癖毛の長髪、ヒゲだらけ。いつも同じ服に白衣を着て、背が高い癖に猫背で構内を彷徨いていて、他の生徒、特に女性から避けられていた。同期のはずだが、本当は長年留年している先輩なんじゃないかとの噂もあった。  その評判がひっくり返ったのは2年の時の文化祭。 『次は秘密基地部の展示発表です!』とのアナウンスがあった直後、構内のあちこちから地鳴りのような感歎の声が上がった。  何事だ? と教室の窓から中庭を覗くと空以外全ての物がカラフルな映像で覆われていた。大学の校舎の壁や窓も中庭も、焼きそばやフランクフルトを売っているテントの屋根やその売り子や顔や服までキャンバスになっている。開けた窓からも鮮やかな映像が入り込み、無機質な教室の中までカラフルに染め上げた。多分窓から見ている自分の顔も……。  すごい。全てのものをキャンパスにして壮大な映像を映しだしていた。内容もすごい。まるで宇宙人の世界を覗いているような、近未来の人間の生活を思わせるような世界観を構築していた。  そこにいる誰もが動きを止め、映像を追うことに夢中になった。しかも人の動きに合わせて映像も反応して動いている。  今まで何かに夢中になったことも、深く興味をもったこともなかったのに、その壮大な映像を見ているうちになぜか涙が出て、立ちすくんだまま、動くことができなくなった……。 ***  彼らのことはそれから気になって注視することが多くなった。  山田の姿は相変わらず異様だったが、あれ以来、他の生徒から結構声を掛けられているみたいで話している様子を見るとニコニコしてるし、思ったよりは普通なのかもしれないな。と少し認識が変わった。  それ以降、学部も違うし、時折見かけるくらいで特に接点はなかったが次の年の夏位から彼らの周りが騒がしくなり、また気にかかるようになった。  優秀な学生が多いこの大学では、かなり早い時期に学生にコンタクトを取りにくる企業が多いがその中でも深森は目に余るほどになっていた。深森が学生向けプログラミングコンテストで賞を総なめしたからだ。連日、明らかに学生じゃない人間が構内をうろうろしていた。  偶然、学生食堂でスカウトと深森が話している内容を聞いてしまった。相手は、よくテレビに出ているいけすかないIT会社の社長。最初から相手をマウンティングしているような学生を見下すような口調。採用条件や提示額も全然実力に見合っていない。何より山田と一緒に採用する気はないらしい。ダメなのだ。あれはニコイチだ。片方だけだと魅力が半減する。惜しい……とは思うが俺にはどうすることもできない。しかし、気になる。もったいない。  深森は黙って聞いて名刺を受け取っていた。あの会社に決めてしまうんだろうか。  俺には全く関係ないことだ。なのに気になって仕方がなかった。  その後も相変わらず胡散臭いスカウトマンをよく見かけた。多分あの会社は断ったみたいだが、流石にそろそろ決めてしまうかも知れないな。 「さっちゃんどうするのーー?」    山田が深森に話しかけているのを耳にした。多分就職の事だろうな。 「そろそろ決めなきゃなんだろうけど、なんかピンとこないんだよなーー」  そう二人が話している時にまたあの社長が現れて彼らを捕まえていた。明らかに深森が困っているのがわかった。  あの時の自分の衝動と行動が今でも信じられない。    強引に割って入って、困惑している二人の手を掴んでその場所から引き剥がし、自分でもわけがわからないことを口にしてしまっていた。 「私にかけてみませんか? あなた方の才能をどこよりも正しく使って差し上げます」 「……はい! よろしくお願いします!」  あの時は、ほぼ初見なのに山田が即答してこっちがビックリしたな。隣にいた深森も驚いた顔をしていたし。  一流企業に入って経営学を学び、5年後に独立。10年後に拠点を海外に移し、20年後にファイヤーというのが俺の人生設計だったのに、なぜ自ら子どものお守りに名乗りをあげてしまったのか。

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