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第2話 トマトの男(1)
うちは祖父の代からのトマト農家だ。今は親父が農園を経営しているが、よほどのことがない限り俺があとを継ぐことになるだろう。
農業高校を卒業し、それからずっと家の仕事を手伝っている。今二十一だから、気がつくと四年目に突入だ。でも親父や他のトマト部会のベテランたちと比べたら、俺などまったくのヒヨッコでしかない。
トマトは続けて同じ土地で作ることが出来ない作物だ。連作障害といって、土が衰弱したり、植えても病気がちになったりしてうまく育たない。だからなるべく数年ごとに場所をかえるのだが、日当たりや圃場面積のことを考えると簡単にはいかないのが現状だ。トマトを育ててるあいだはもちろん管理に気をつけるし、終わったら株を片付けて消毒し、次はネギかキャベツかほうれん草を植える。トマトはナス科なのでナスやピーマンは植えられない。そうやってずれずれ育てて土地をうまく回している。これもすべて来年のトマトのため。
今年もハウス内の土を作る時期が来た。一棟あたりトラック一台分くらいの堆肥をまんべんなくシャベルで撒いていく。なかなかの重労働だが、これをするとフカフカしたいい土壌になるのだ。天候は春の陽気が宴もたけなわという感じで、ハウス内で体を動かしていると半袖でも汗が出るくらい暖かかった。
「瑞貴、休憩しよう」
外からばあちゃんに声をかけられたのでハウスから出た。親父がビールケースをひっくり返したイスで先に茶を飲んでいる。俺も隣のビールケースに腰をおろした。俺が堆肥を撒いているあいだ、親父とばあちゃんは別のハウスで育苗作業をやっている。
ばあちゃんに渡された黒糖の麩菓子を食べながら麦茶を飲んだ。空は半透明の青に晴れ上がり、山の緑のあいだに見える桜の花と道のわきに生えてる菜の花がいかにも春だ。
どうしても気になってスマホを出し、FDにログインした。フレンド欄にいるアイコさんのアイコンをつつくと、ほんの一時間前にログインした形跡があった。時計を見ると十一時過ぎだ。十時とか中途半端な時間にログイン出来るってことは、会社勤めじゃなくて学生なんだろうか。
「瑞貴は最近スマホばっかりいじってるな」
親父が笑う。ばあちゃんもニコニコしながら俺に聞いてきた。
「誰か友達と連絡とってるの?」
「いいや、ゲームしてる。今ちょっとその画面見てる」
「ゲーム? そんなのするなんて、あんたにも年相応のところがあったんだねえ」
「何かわかんないことあったらいつでも聞くんだぞ」
親父とばあちゃんが話しかけてくるが、うんうんと頷くだけであまり耳に入ってこなかった。――アイコさん、今夜は俺と試合に出てくれるだろうか。毎日声をかけてこないってことはフレンドがたくさんいて、そいつらにも誘われるからだろう。本当は俺と組んだってメリットねえんだよな。マッチングはチーム内で最もランクの高いアカウントにレベルを合わせられるので、100人のうちbotを除けばほとんどが猛者なのだ。
アイコさんが「もうこの人いいや。足引っ張られるだけだし」とそっぽを向けば、俺はいつでもフレンドから外される。あるいはアカウントを残したまま彼女自身がゲームに飽きて突然去ることもないとは言えない。二度と会えなくなる可能性は常にあるし、じつはおととい会ったのが最後だったのかもしれない。
俺たちはこのアプリだけでつながっている。彼女がどこにいるかはわからない。でもどこかにいるはずのその人は、強さと技術で俺を感激させるし、見捨てられる不安も感じさせる。
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