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第2話(3)

 この間に制限時間が来て俺は復活不可となったが、安地が狭まるなか俺が丸腰で戻っても足手まといになるだけだろう。累々と転がる死体箱をあさって弾丸と回復アイテムを補充し、敵の乗ってきた車に乗って安地内の強ポジに陣取っていた連中を華麗に跳ね飛ばし、遠くからヒーヒー言いながら(そんなふうに見えた)孤独に走ってくる敵一人を数発撃ってアイコさんは見事一位を勝ち取った。恩恵にあずかって俺も一位。何もしてねえけど。待機画面に戻ったあとさっそくチャットで謝った。 「”すみませんでした。”」 『”こちらこそ助けられなくてごめんなさい』  この奥ゆかしい態度。つい数秒前まであんなに飛びはね駆け回り銃を乱射し車で人を轢いていたのが嘘のようだ。待機画面は試合と違い、ゆっくりチャットが出来る場だ。 『”前から思ってたんですけどトマトさんの名前って変わってますね”』  トマトさんと略して呼ばれているが、俺のニックネームは「トマトに命を賭ける男」だ。最初トマトだけにしようと思ったら「すでに使われています」と断られてしまったので、「TOMATO」だの「とまと☆」だの「♪トマト」だの果ては「トメィトウ」まで試したが、ことごとくダメだったのだ。みんなどんだけトマトが好きなんだよ。いっそ生きざまをそのまま名乗りにするかと試したら通ったのでこれにしている。 「”トマトが好きなので。”」 『”そうなんですね”』  『”私は〇〇が好きで~”』という方向に話が広がるのではないかと期待したが、アイコさんは沈黙したままだ。あんま人に言えないような好みなのかな。 「”アイコさんの名前は本名ですか?”」  アイコという名称もすでに使われていたらしく、彼女の名前の左右には名状しがたいうねうねした記号のようなものがついている。レースのようにも雲のようにも見える。 『”いいえ違います”』 「”どうしてアイコにしたんですか?”」 『”母の名前なので”』  ああ、そうなんだ……とちょっとがっかりした。そうだよな、今どきの女子で子がつく名前の人はめったにいない。 「”アイコって名前のトマトがあるんです。”」 『”そうなんですね”』 「”小さいです。”」 「”赤だけじゃなくて黄色もあります。”」 「”おいしいです。”」 「”ミニトマトなんで、ベランダでも育てられます。”」  たて続けに文字を打った。前から言いたかった。「あなたと同じ名前のトマトがあるんですよ」と。知ってましたか? あなたと同じ名前のトマトは甘くてひと口で食べられて、おいしいんです。もし興味があったら育ててみませんか?  けれどもなかなか反応は返ってこなかった。……回線トラブルか? じっと見つめていると、やっとチャット欄が更新された。 『”もう十時半ですねおやすみなさい”』 「あっ!」  画面からアイコさんのアバターが忽然と消えた。残ったのは俺自身のアバターだ。いかつくて屈強そうな、無地のタンクトップにシンプルなカーゴパンツという見るからに無課金の男。いきなり饒舌になった俺を気味悪く思ったんだろうか。そんなわけないのに、画面の中を冷たい風が寂しく吹き過ぎていくようだった。  トマトの話は、全然盛り上がらなかった。

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