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第3話 猛者あらわる(2)

『”急に呼び出してごめんなさい”』  俺たちは住宅街の中央を貫く通りに向かい合って立っている。見慣れた戦場には誰もいない。俺とアイコさんの二人だけ。マップを開くと安地はこのエリアを囲んでいるが、それ以上小さくなる気配はなかった。そういう設定にしたらしい。 「”大丈夫です。”」 『”今日は一緒に練習しようと思って”』 『”試合だとゆっくりコツを教えられないから”』  よかった苦情じゃなくて……! ホッと胸をなで下ろす。それにしても何ていい人なんだ、未熟な俺の腕を上げるためにわざわざこの場を用意してくれたとは。 「”ありがとうございます。よろしくお願いします。”」  そう入力して立ったりしゃがんだり這いつくばったりを繰り返す。これで感謝の気持ちが伝わればいいが。 『”もしかして入力苦手ですか?”』  え? 何でわかったんだろう。 「”はい。”」 『”だと思った”』 『”他の人より返事遅いから”』  すんません、何しろ最近フリック入力の存在を知ったぐらいなんで。これでもだいぶ早くなったほうなんです。アイコさんは続ける。 『”マイクで話しませんか?”』 『”それだと動きを止めなくていいし”』 『”私も説明しやすいし”』  あ、マイクか。マイクを使えない状態にしていたのは、俺の至らぬ呟きやひとり言が知らない人たちに漏れ聞こえるのを防ぐためだ。ばあちゃんの「みずきいいぃー! みかんあるけど食べるウゥー?」みたいな叫びを聞かれるのも恥ずかしいし。たしかにマイクで会話するなら言いたいことが素早く伝わるな。  心臓がドキドキし、緊張してきた。初めてアイコさんの声を聞くということになる。深く息をつき、ボイスチャットをオンにした。 「もしもし」 『……もしもし?』  思ってたよりちょっと低めだ。まあ女性キャラクターの音声は高くかわいらしく作ってあるからな。ゲーム中はいつもイヤホンを使ってるので、まるで電話で話しているようにその声は耳の中ではっきり聞こえた。どっかでちゃんと生きてた人なんだ、と実感する。 『聞こえます?』 「あ、ハイ。よろしくお願いします」 『じゃあさっそく始めましょうか。今日はスナの練習しようと思います。俺が三十秒数えるんで、そのあいだに拾うもん拾って隠れて下さい』  スナはスナイパーライフルの略だ。……いや、そんなことより今『俺』って言わなかったか? 「俺、自分のこと俺っていう女子と初めて会いました」 『――男ですけど』  思わぬ告白に、「はがが」と自分でも聞いたことのないおかしな音が喉から出た。 「いやだって、女子だし。女子が画面にいるし」 『男でも女キャラ使ってる人普通にいますよ。逆もいます。俺こそゲームの見た目まともに信じてる人初めて見ました』 「あと、普段は『私』って言ってるから」 『もう成人してるんで相手をよく知らないうちは私を使いますね』  何だかあきれられたような声だ。 『トマトさんいくつですか?』 「二十一です」 『やっぱ年下か』  口調がいきなり崩れた。 『俺二十三』 「そうなんですか」 『敬語使って損した』  いや、損したってこともないと思うけど……。首をかしげていると死のカウントダウンがいきなり始まった。 『さあ時間もったいないから始めよっか! 段取りはさっき言った通りね。いーち。にー。さーん』

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