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第4話 オフで会いましょう(2)
戦闘の合間に雑談もする。その余裕が生まれるくらい俺も上達したってことだ。安地に向かって走りながら周囲に目配りし、敵の気配を感じると遮蔽物に隠れて攻撃の姿勢に転じる。なおかつちゃんとハイハイとアイコさんの指示に相槌打てるのだから、努力は継続してみるものだ。その雑談の中でわかったのだが、俺たちは同じ県に住む者同士だった。北西部の端と南東部の端に分かれているが。
『へえーそうなんだ。俺の知ってる人、だいたいもっと遠いよ。北海道とか愛知とか。日本全国に散らばってる』
「スゲーっすね」
『まあJAPANサーバだからそうなるだろうと思うよ』
「じゃあ俺たち奇遇だったんですね」
『まあな。――お前、こっちに遊びに来ることある?』
アイコさんの住むF市は県内一の大都市だ。人工密度が高く建物は空に届き、金さえあれば手に入らないものはない、叶わない願いはないという、その他の市から見たら天竺のような場所なのだ。海に面している国際都市という触れ込み通り外国人観光客が多く、あらゆる標識に日本語英語中国語韓国語が併記されている。何しろ「区」に分かれている時点で東京並みだ。「そっちには東京があるかもしれないけど、うちにはF市があるもんね」というぐらいには都会の役割を担っている。いつ日本から独立しても平気。
「ないですね。行ったことなら何回かありますけど」
『そうなんだ』
「高校のとき農業クラブの県大会で年一回市民会館に行ってました。あと、修学旅行んとき空港に行きました。卒業してからは一回も行ってないです」
『そりゃ単に通りがかっただけだな』
限りある見学知識で言うのも何だが、俺のF市に対する感想は「生活するところじゃない」だ。空気悪いし車とかその辺に勝手に停めらんねえみたいだし、そして信じられないくらい人工物が多い。その街並みの中に立ったとたん、紙ふぶきの土砂に生き埋めにされたような気分になったくらいだ。色が多くてチラチラしてて音もうるさくて、歩くだけで目と耳と頭が疲れた。一緒にいた他の農業クラブの男連中にも意見を聞いたが、やはり「たまに来るぐらいでちょうどいい」「ワンシーズン一回でいい」というのが統一見解だった。
しかし女子は違った。「こんな生活したーい」「絶対こっちに就職するー」「みんなでY市とオサラバしようねー」とキラキラした目ですべてを眺め、脇道にそれられないスケジュールを引率の先生のハゲが加速するくらいのしつこさで残念がっていた。時折感じる女子との価値観の相違、コイツらと意見合わねえわけだよと思いながらも、男子は十倍に言い返される危険を回避するため沈黙という唯一の戦術でその場の平穏を守り通した。先生に助け舟を出そうものならこちらが舟ごと沈められる。
『もし来ることあったら言ってよ。俺も時間つくるから会おうぜ』
思いがけず親しみのある言葉をかけられてうれしくなったが、敵の足音が近付いてきたので会話は打ち切られた。窓からM4の弾をそいつらに浴びせながら、俺の心はF市訪問の可能性でさっそくそわそわした。えっ……どうしよう。遠いけど行ってみようかな。七月から収穫期に入りかなり忙しくなるので、遠出は危篤や葬式などの一大事でない限り難しい。そして収穫でなくてもこれから何かとやることが多くなる。行くなら今だ、今この時期しかない。頭の中で愛車の軽トラに乗り込みF市へ出発する自分をイメージしていると、目の前に敵がいるのに棒立ちのまま弾を出すことなくやられてしまい、『仕事しろ!!』とアイコさんに罵倒された。
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