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第5話 タケルくん(1)
「トマトくん、コーヒー飲める?」
「飲めます」
「甘いのと甘くないのだったらどっちがいい?」
「甘くないほうです」
列に並びながらアイコさんは俺にいくつか質問し、順番が回ってきたとき俺の分まで難解な呪文のごとき注文をすませてくれた。ホッと胸をなでおろす。
俺でも知ってるコーヒーショップは通りすがりこそすれ一度も入ったことがなかったので、落ち着くどころかなるべく早く出て行きたい心境にかられた。何なんだこの金持っててしゃれた格好じゃねえと入る資格がないような雰囲気。何でこんな客をたじろがせる構えなんだ? 一刻も早く追い出して店の回転率を高めるためか。コーヒーってくつろぐときに飲むもんじゃないの?
そしてレジのお姉さんが告げてきた金額たるや、うどん屋なら普通に大盛り肉うどんが食えるくらい高かった。まあ場所代含めての値段なんだろう……と財布から漱石を連れ出そうとすると、アイコさんがスマホで一気に支払ってしまった。「お待たせしましたありがとうございます~」と出てきたのは二人分の飲み物と菓子パン的なものをギチギチに詰め込んだトレイ。それを受け取り、アイコさんはさっさと行ってしまった。
「あの」
「金の話? ここは俺のおごりで。トマトくん遠くから来てるし」
「……すんません」
友達だったら「いや自分の分ぐらい出すし」とか言うところだが、どういうわけだかこの人には逆らえなかった。対面してまだ二十分もたってないのに、もうゲーム内の人間関係になってしまっている。こっからまた新しく知り合い直すんだろうと思ってたが全然そんなことなかった。
一番奥の窓際の席にアイコさんが座ったので俺も向かい側に座った。自分の分をさっさと取り、「はい」と俺にトレイごと残りを押しやる。トレイにはブラックのアイスコーヒーと、アンケートされた覚えのない、野菜が山ほどはさまったサンドイッチがのっていた。マジでほとんど野菜。肉はハムみたいに薄いのをヒラッと一枚忍び込ませてあるだけ。キレイにまとめて味をつけたニワトリのエサ、という感じだ。じっと見ていると言われた。
「甘いもんそんな食わなさそうだったからこれにしたんだけど、俺のとかえるか?」
「あ、いえ。これで」
アイコさんは薄茶色い飲み物とチョコレートのかかったドーナツを自分用にしていた。そのドーナツときたら分厚いチョコが掛け布団のようにどっしりと覆い、ドーナツの生地自体も焦げ茶色ですさまじく甘そうだ。甘いものは出されたら食う程度だが、それでもこれをあえて食おうとは思わない。喉の水分全部持ってかれそうだし。
「いただきまーす」
アイコさんは飲み物に差してある太いストローを口元に持っていった。透明なプラスチックのコップには濁流に似た色の液体と、黒い丸が川底の石のように沈んでいる。……これアレじゃねえか? タピオカとかいうやつ。女子が好んで飲むというアレ。そして親父が好奇心にかられて購入し、喉に詰まらせてコンビニの駐車場で死にそうにむせたというアレ。その日の晩メシで「モチだ。小さいツルっとしたモチが沈んでたんだ。あっと思ったときにはそれが喉に詰まってた。ニュースでやらないだけで、たぶん年に二、三人は死んでるんじゃないか」と俺とばあちゃんにその危険性について語っていた甘い飲み物。
それをちょっと飲んではドーナツを食っているアイコさんの口は、けっして大きくない。目鼻立ちも小さく整っていて、やはりアバターの女子とよく似ていた。よくもここまで近付けたもんだ。窓の外から差してくる光で髪は明るい茶色に透き通り、そしてやけに色が白い。瞳の色も薄いので、加工の結果というよりこういう生まれつきの人なんだろう。
『……男だよな?』
男みたいななりをした女子だと言われたほうがしっくりくるかもしれない。いや、でも違うな。喉仏が出てるし肩も腕も細いなりに尖ってる。それにしても何で男なのにむさくるしさが皆無なんだ? 今まで見たことねえぞこんなタイプ。男でも生まれてからずっと日に当てずホコリにもさらさず、上等の石けんで洗い続けてたらこんなふうに成長するのかもしれない。
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