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第5話 タケルくん(2)
「家からここまで来るのにどんぐらいかかった?」
早くも俺に興味をなくしたように目も合わせず飲食していたので、質問されたことにあわててしまった。
「えっと……あの、に、二時間くらい……」
「何でそんなにかかんだよ。Y市に住んでるって言ってなかったっけ?」
「Y市っつっても広いんですよ。うち、かなり端のほうなんです。山の奥の奥ぅーの方から来ました。家から駅まで車で一時間近くかかるでしょ、それからJRに乗って一時間かかるんで」
「一時間? 三十分かそこらで着くだろ」
「あ、特急じゃないです。快速です」
「……ケチなのか? それとも貧乏なのか」
「特急が停まらない駅なんですよ。乗り換えるのめんどくさいし。アイコさんはこの近くに住んでんですか?」
自然な会話の流れとして聞いたのに顔をしかめられた。まるで俺が何色のパンツをはいてるのかと確認したかのような。
「す、すんません。個人情報ってやつですか」
「そのアイコっての、おかしいからやめてくんない?」
そっちかよ! んなこと言われたって俺はこの人のことをアイコさん以外の名前で呼んだことがない。
「じゃあ何て呼べば」
「俺、タケルってんだ。ヤマトタケルのタケルね」
見た目からは到底たどり着けないほど勇ましい本名だった。もしクイズ形式だったら日が暮れても当たらなかったろう。タケル。タケルかあ……。
「珍しいですね。いまどきカタカナの名前とか」
「逆に何でカタカナと思ったんだよ。ヤマトタケルっつったろ。さては漢字知らないな?」
と言いつつスマホに入力し、「ほら」と俺に見せてきた。『日本武尊』とある。武尊の二字でタケルと読むらしい。ええ~アイコのほうがしっくりくるのに~……。俺の人生でタケルという名の男は二度目の登場だが、一人目は中学の英語の先生で、すさまじく濃い顔をした四十過ぎのおっさんだった。親もこんなふうに育つとわかってたら息子にもっとソフト路線の名前をつけたろう。
「トマトくんは何ていうの? 名前」
「瑞貴です。カミムラミズキ。字はこうです」
財布から免許証を出し、彼の前に掲げた。水戸黄門の印籠のようにこの上なく正しい身分証明の方法。俺には恥じるところも隠すところもありません、ましてや怪しい者でもありませんということをこの人に印象付けたい。上村瑞貴、平成○○年二月二十七日生まれ、年齢二十一歳。普通免許だけじゃなく大型特殊も持ってます。
「何かフツーだね」
アイ……もといタケルさんは俺の免許証を手に取って眺め、ニヤッと笑った。俺自身がさわられ至近距離で見られているわけでもないのに、妙に照れくさくて顔が熱くなった。
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