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第5話(3)

「このあとどうする? どっか行きたいとこある?」  店を出たあとそう聞かれたのですぐに答えた。 「メシが食いたいです」 「お前さっき食ったよな?!」 「ああいうのじゃなくてちゃんとしたメシです」 「ちゃんとしたメシって何だよ」 「何つうか肉、油、炭水化物、塩分! みたいな。わかります?」 「まったくわかんねえ」 「とにかくカロリーが欲しいんです。あれじゃちょっと……おごってもらって言うのも何ですけど」  何言ってんだこのゴリラと言わんばかりの目で見てくるが、俺こそあんなおつまみ程度の食事で午後を乗り切れんのかと言いたい。OLのランチじゃねえんだから、あれを昼メシにカウントするのは無理があり過ぎる。 「アイコさんも足んねえでしょう?」 「俺は満足だけど」 「あれで? ……ああ、チョコ甘いもんな。ジュースも甘いやつだったし、ちょっと胸やけレベルで糖分取り過ぎましたね」 「胸やけはしてねえよ」 「もう一回おごってくれって言ってるわけじゃないんです。もちろん自分で出しますし、アイコさんの分も出します」 「俺はもう食わないんだって。――わかったよ、それで何なら満足すんの?」 「ケンタッキーが食いたいです」 「ケンタッキーだあ?!」  何故かそれにも猛烈な異議申し立て。 「せっかく二時間もかけて出て来たのにケンタッキーとか、高校生じゃねえんだからもっと他にあるだろ」 「遠出したからこそ食いたいんです。もしかしてないんですか、この辺にケンタッキー」 「駅ん中だけで二か所もあるわ」 「ケンタッキーの肉ってケンタッキーでしか食えないじゃないですか。秘伝がどうたらとか言って。うちは家族で遠出したらケンタッキー一択です。後悔はありません」 「わかったよ。そんなに言うなら連れてってやるから」 「アイコさん何食います? 一コ頼んでパサパサの部位が出てきたらショックだから、やっぱ最低二つは頼みますよね。あれ俺に選ばせてくれって喉まで出かかりません? レジの人も俺見てんだから厨房に『何か食いそうなヤツ来ました』とか通してくれりゃいいのに、アメリカって自由の国じゃないんですか? そういう自由は認めない方針なんですかね」 「いきなりペラペラ語りだすな! どこでも好きなとこ持ってけって話になったら不人気の部位がどっさり残るからだろうが! そのくらい考えろ!」  語気荒く文句言いつつも、俺の希望をかなえるためにちゃんとスタスタ道案内してくれる。おいてけぼりにせず、ときどき振り返って俺が人の流れに負けて停留してないか確認もしてくれる。やっぱりこの人は『アイコさん』だった。  男にしちゃ小柄なほうだと思う。うちのばあちゃんとサイズ感が同じなので165かそのぐらいだ。紺のカーディガンを羽織った肩も背中もそこまでしっかりしているわけじゃない。もっと食って骨太くして筋肉つけねえとダメだろ。何も重いもの持てなさそうだし、すぐに風邪とかひきそうだ。 「にしてもお前デカいな。身長いくつだよ」  俺の思考が伝染したようにアイコさんも体のことを言いはじめた。こっちを見てきたとき自然と上目遣いになったので、自分でもビクッとしたのかドキッとしたのかよくわからない心臓の緊張を感じた。 「182とか3とかそのぐらいです。……5だったかな?」 「バスケか何かやってたの」 「いや全然。俺球技全部ダメなんで、そういうの何もしたことないです」 「まったく無駄だな!」  また怒られた。運動関連のことは中学に上がる頃からときどき言われたが、背が高かったらバスケやバレーで学校のお役に立つべきだ、もしくは将来のために積極的にスポーツすべきだという発想が俺にはわからない。参加したってボールをしっかり扱えないのに、頭数に入れる意味がないだろう。部に入って嫌々動くってのも失礼だし。「高い物取って部」とか「上のほうにポスター貼って部」とかだったら入るのにやぶさかじゃなかったが。  でもアイコさんには何とも思わなかった。早くこの話終わんないかなとも余計なお世話だとも思わず、「俺を構ってくれてる」という悪くない気分だった。目の前に茶色くてツヤのある髪が生えたつむじがある。FDでは無表情のアバターと会話し説教もされていたが、生きている本物のアイコさんの表情や仕草は言葉の調子に従ってくるくる変わり、ちっとも見飽きることがなかった。

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