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第5話(4)

 休日だからかそれとも夕方になったばかりだからか、帰りの列車はまだ混んでおらず普通に座ることが出来た。夕陽が洪水のようにオレンジ色で、揺れる車内を満たしている。眩しかったので日よけを下ろした。  「そろそろ帰ります」と言うと「早くねえか?!」とビックリされたが、とくに引きとめられることはなかった。わざわざ入場券を買ってホームまで見送りに来てくれたし、五分ほどいなくなったと思ったら手に紙袋をさげて戻ってきて、「これ家の人に」と持たせてくれた。手みやげ。俺の家族に。「ありがとうございます」と恐縮して頭を下げた。やっぱりこの人は俺より年上の、大人な人なのだ。  駅のホームに立ち、遠ざかりながら俺に手を振っていたついさっきまでのアイコさんの姿を思い出す。俺の膝の上には水色のパリッとした紙袋がのっている。その中には同じ色をした紙の箱。たぶんお菓子が入ってるんだろう。箱をちょっと揺らすとカサカサという軽い音がした。  またあの人に会える。でもそれはネットの中での話だ。現実でまた会うことはあるんだろうか。列車がスピードを出して駅から離れるほど、アイコさんのいる街から遠ざかっていく。自分の居場所に帰るだけの話なんだが、何かが物足りなくなっていた。  俺、よく考えたらタケルさんって一度も呼ばなかったな。ついアイコさんって呼び続けちまった。ちゃんと『タケル』って呼べばよかった。そしたらあの人が、もっと俺の現実になってくれた気がする。よくわかんねえけど。

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