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第6話(4)

『瑞貴オマエ足音近付いて来てんのわかんなかったのか耳掃除しろ!!』  すんごい勢いで一気にまくしたてられると、もう「すんません……」という消え入るような謝罪の言葉しか出てこない。いやでもたしかに今のは俺が悪かった。足音が小さく聞こえているのがわかっているにも関わらず誤射してしまい、敵に俺の位置がバレたからだ。敵の一人が補給物資からしか得られない超強力アサルトライフル(装填弾数がバカみたいに多いので、左右に掃射するだけで敵チームを一掃出来る。数試合に一つ投入されるかどうかというレア武器で、先日のアップグレードで実装された。やめてほしい)を手にして俺たちが潜伏していた建物内に飛び込んできたので、アイコさんのアクロバティックな活躍がなければそのまま終わっていただろう。敵も「何で?!」と思いながら箱詰めにされたと思う。 『瑞貴、お前がそれ持て』 「あ、ハイ」  アイコさんに指示されて死体箱からくだんのレア武器を回収する。すんません、大事に使います。きっと「やった、これで勝ったも同然!!」「チャンピオンだ!!」って小躍りして喜んでたろうにな。心の中で彼か彼女かの無念を思いつつ、弾もすべてもらった。  先日の初対面後からアイコさんは俺を『瑞貴』と名前で呼ぶようになった。初めて名前を呼ばれたときは驚きで「えっえっ」という不審な鳴き声しか出なかったが、アイコさんが当然のように連呼するので俺もそこには触れず耐えてスルーした。これは距離が縮まった……と考えていい……のか?!  変化はもう一つある。現物を見たからか、お叱りの言葉に俺の外見にまつわるものが増えた。『お前反応遅えよ、図体デカいから脳から指に指示届くまで人より時間かかってんじゃねえの?』みたいな。悲しい。むやみと食ったからこうなったんじゃなく、単純に遺伝のせいなのに。  これほどの強武器を持ってうかうか死んだら、『猫に小判とはまさにこのこと』とかディスられるに決まっているので、普段よりかなり気をつけて立ち回り、無事勝利をおさめた。レア武器の威力は凄まじく、神も仏もない状態で試合は終了した。待機画面に戻ってから「あの……アイコさん。ちょっといいですか」と話しかけた。 『何―?』 「もう四月が終わって五月になるじゃないですか。で、五月が終わったら当然六月になりますよね」 『何言ってんだお前は』 「俺、五月の終わりぐらいから忙しくなるんです。農繁期に入るんで」 『ノウハンキ? ノウハンキって何よ』 「農業が繁盛する期間と書いて農繁期。うち、農家なんですよ。トマトやってるんですけど」  何故か沈黙。もしもーしとアイコさんのアバターをつついてみる。もちろんここぞとばかりに胸や尻を触ったりはしない。わからないとはいえ失礼だ。 『……そっか、だからやたらトマトトマトと……!』 「やたら言ったつもりはないですけど。小松菜とほうれん草とネギもやってます」 『最初の頃、何かトマトについて妙に熱く語ってきたときあったじゃん。何だコイツと思ったけど、そういうことだったんだ』 「やっぱ何だコイツと思ってたんですね」 『名前で圧かけてくるし』 「圧とかそういうつもりは」 『俺をどうかしてトマト色に染め上げようという無言の圧力と執念を感じた』 「もしかしてトマト嫌いですか?」 『嫌いってわけじゃないよ。でも好きってほどでもない。その農繁期っていつまで続くの?』 「だいたい十月までです。霜が降りたら終了です」 『なっが!! 一年の三分の一じゃねえか!!』 「そうでもないですよ、うち夏秋(かしゅう)なんで。あ、夏秋ってトマトを栽培する時期のことです。そういう品種があるって意味じゃないですよ。冬春だと収穫が半年になるんでもっと忙しいです」 『そうなんだ……。初めて聞いたよ、その専門用語』 「朝五時に起きるでしょ、収穫して出荷するでしょ、そのあとメシ食って作業して……遅いときは夜の十一時までかかります。それから風呂入って寝ます」 『ブラック過ぎんだろ!!』 「ブラックとかそういうことでは。家族でやってるんで、俺だけこき使われてるわけじゃないですよ。パートさんたちは夕方で帰るし。トマトは待ってくれません」 『ならもう全然ムリじゃん』 「そうでもないです。週一なら……いや、時間遅くていいなら週三でも四でも」 『ふーん……』  待機画面のアイコさんが左右に揺れる。体の動きにつれて長い髪がサラサラと揺れた。 『ま、いいや』  すぐ次の試合に入った。時間的にも今日はこれがラストだな。最後まで残ればひと試合二十分から三十分はかかるのが通常だ。

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