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第7話 雨の日のデート(5)
外に出ると雨はやんでいた。晴れてきたわけじゃなく、空は依然として重く曇っている。
「今日仕事休みだったんですか?」
シートベルトを締めてエンジンをかけながら聞いてみた。
「ん?」
「いや、平日こんなふうに時間使えるってことは、仕事休みの日だったのかなって」
「俺仕事してないよ。まだ学生」
「学生?」
駐車場から道に出た。それにしてもやはり街中は車が多い。道路を走る量もそうだし、駐車場から出て行く俺たちと入れ違いに何台も入ってくる。夕方が近付いてきたので買い出しの車が襲来しつつあるんだろう。学校帰りの高校生が列をなして原付で駐輪場へ向かうのも見えた。
「二浪ぐらいしましたか」
「うんにゃ、違う。大学院。だからまだ一応学生」
大学院? 大学院ってあの大学のあとに行くやつか。中学のとき他学年の先生が「大学院に入院するのでいったん教師を休みます」とか言って学校を辞めていったが、その入院という響きがどうにも気の毒で、「かわいそうに」「まだ若いのに」と不憫に感じた記憶がある。あとでハードめの勉強や研究をする場所だと知ったが、入院という言葉に感じる行く末不安な印象に変わりはない。
「そうなんですか。大変ですね」
「大変っていったら大変だけど、こうして遊びに出る余裕もあるわけだしな」
「何か専門を極めるところなんでしょ? 何やってるんですか」
「流体力学」
「え?」
「お前、飛行機ってどうやって飛んでるか知ってる? あのデカい金属の塊が何の力で飛んでると思う?」
「うーん。燃料と……機長の気合?」
「うん、まあ……。いいよそれで。けど農作業ほど大変じゃないと思うよ。お前の話聞いてると本当大変だもん、朝早くから夜遅くまで毎日毎日体動かして植物の世話とか……偉いよ。ダイレクトに世の中に貢献してる仕事だと思う」
「アイコさんもやってみてください、農業。自宅って一軒家ですか?」
「マンション」
「畑ないんですか。ベランダで育てられる野菜もありますよ」
「もうやってる。こないだプチトマトの苗買ってきた」
「ホントに?!」
俺のテンションがガンと上がる。「前見ろ!」と腕をどつかれ一瞬車が左右に揺れたが、このエサに釣られずにはいられない。
「どこまで育ちました?!」
「この話のどこに興奮する要素があるんだよ!! たいして育ってねえよ、水はやってる」
「ちゃんと日にあててます?」
「ベランダの一番よさげなところに置いてるわ」
「そっかあ~。わかんないことあったら何でも聞いて下さいね。実がなってなってしょうがないって感じにしていきましょう。もちろん食味もベストのレベルを追及して」
「老いた親と俺しかいないのに、トマトばっかり食えるかよ。ほどほどでいいよ」
「ご両親そんな年配なんですか? 食えるでしょうトマトぐらい。しかもプチですよ」
「母親はもともと小食だし、父親も定年迎えたから。現役のときより食欲落ちた感じする」
「あら~。そうですか」
「そのうちツテで適当な仕事についたら食う量戻るかもな。警察OBは結構有難がられるし」
「警察?」
「署長やってたんだ。うち兄貴も警察関係。兄貴は中身も見た目もいかついから合ってんだろうけど、俺は絶対無理」
「……」
叩けば叩くほどホコリの出る人だな。同じ屋根の下に元警察官の親父さんがいるのに、自室で「さっさと殺れ!!」「バカそこはショットガン一択だろうが!!」とかわめきながらゲームしてんのか。あと、見た目はともかく中身はこの人も充分いかつい。
「……まあトマト育てて下さい。土に触れるとストレス解消になるらしいし、トマトは栄養あるからいいこと尽くめですよ」
「そうねー」
手をかけて育てていくうちにやりがいを感じるようになるだろう。動物と違って鳴かないしフンもしないからマンションで飼うのに最適。しかも動物と違って収穫して食べるという楽しみもある。俺は都会のベランダで育てられているアイコさん宅のトマトにエールを送った。頑張って育ってくれ。そしてこの人に栽培の魅力を教えてやってくれ。俺たちの会話の共通点を増やすためにも、枯れることなく立派な実をつけてくれ。
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