31 / 36
第8話 やきもち(1)
「じゃあ俺、行くよ」
ガンメタの宇宙服はいかにも未来的で、これからこの人は手の届かない、遠い宇宙の戦地へ赴くのだと思うとつらかった。
アイコ……じゃない、タケルくんが今まさに乗り込もうとしているのは宇宙船。天井も床も全部シルバー。通路から時折用途のわからない水蒸気が噴き出し、何かの動作音がずっと地鳴りのように奥底から響いてくる。
「お、お元気で」
俺は泣きそうになっていた。地球に残る側の俺は作業着で、右手に大根をぶら下げている。大根なんて自宅で食べる用にちょっと植えるぐらいなのに、何故か今は代表作のように持ち歩いていた。
半年前、地球に宇宙人が襲来した。その名もFD星人。俺たちが名付けたんじゃなく、銀色のそいつらがそう名乗ったのだ。「FDで我々に勝利しなければ、この星を占領しお前たちの命もない」と言った。理不尽過ぎる。
そこで選出されたFDプレイヤーの地球代表たち。その一人がタケルくんだったのだ。彼の細すぎる肩に、人類の命運がかかっている。
「俺、何の役にも立てなくて」
「いいよ。だってお前弱いし」
宇宙空間にFD星人が建設したスタジアムで、血で血を洗う戦闘が行われる。スタジアムは地球から遠く離れているので数年会えないし、負けたら永遠のお別れになることは必至だ。自転車や軽トラで駆けつけられる距離じゃないのだ。俺の気も知らず、タケルくんが一歩退いて敬礼した。
「じゃあ」
「ま、待ってください!」
俺は大根の葉を潰れるほど握りしめて叫んだ。
「俺も連れてってください!!」
「お前が何の役に立つんだよ。余計な人員はこれ以上増やせないんだぞ」
「そんなこと言わないで」
すると「どうした、タケル隊員」と背後から偉い人っぽい、デカめのいかついおっさんが出てきた。やはり全身シルバーで、風もないのに何故かマントがはためいている。両目はサイバーな感じのサングラスに覆われていた。
「どうか俺もこの船に乗せてください! FDはヘタですけど、野菜が作れます!」
「お前何言ってんの?」
「何年でスタジアムに着くんですか?」
「三年だ」
「食料はどうなってるんですか」
「NASAっぽい宇宙食的な何かしらを食べる予定だ」
「それじゃダメです。栄養はあるかもしれないけど、そんなメシ年単位で食い続けたらストレス溜まりまくります。生鮮食品が必要です! 俺、ひと通りの野菜なら作れます。けっして乗組員にしたことを後悔させません!」
「うーむ……」
「地球を思い出して切ない気分のとき、トマト食いたいなって思うでしょう?!」
「思うか?」
額に手を当てて思案していた偉い人が顔を上げた。
「よし、乗船を許可しょう!」
「マジで?!」
「ありがとうございます!!」
「君、名前は」
「ミズキ・カミムラです!!」
「では君をこの船の農場長に任命する!!」
偉い人が俺に向かって右手を掲げると、無風なのに彼のマントがいっそうバタバタとはためいた。何というドラマチックな展開だろうか。
「さあ行こう、タケル隊員! ミズキ農場長!」
「はい!」
「いいのか? これ……」
「いいんです!!」
納得いかないふうのタケルくんの背中を押して皆で宇宙船に乗り込んだ。意外に真っ暗な船内にちょっとビビったが、前を歩くタケルくんのつむじは見える。――俺の作った野菜を食って、三年後の大戦に向けて技術を磨いてください。あなたの健康は俺が守ります!!
俺は確かにFDの素人だ。だが自分に出来ることで地球に貢献する。さらば地球、こんにちは宇宙船!! そして打倒FD星人!!!
『ちょっとキスしたぐらいで、宇宙について行きたくなるくらい好きになっちゃったの?』
『いくらなんでもチョロ過ぎない? 瑞貴』
ともだちにシェアしよう!