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第8話 やきもち(3)
作業に疲れた父とばあちゃんを残し、休憩時間に買い出しに出た。目指すはまとめ買いするとき専用にしている業スー。信号のない道を気持ち良くかっ飛ばしていると、田んぼの中の小道を「止まれやあああ」と絶叫しながらこちらへ駆けてくる小男がいる。そのままアクセルを踏み込んで通り過ぎようかと思ったのだが、次出くわしたときマジでうるさいことが予想出来るので、しぶしぶ軽トラを停止させた。
「……何」
「おめえどこほっつき歩いてんだ最近よ。全然この道通んねえじゃねえかこの野郎」
「俺は今忙しいんだよ」
「トマトばっか育てやがって。ちょっと降りろ。いいから降りろ!」
どういう流れだ。酔っ払い並みに理不尽に絡まれることを不満に思いながらも、根が素直な俺はつい軽トラから降りてしまった。
こいつは中学高校で一緒だった安川という男だ。中学のときは何かいるなぐらいの認識だったが、高校で犬猿の仲になった。俺は施設園芸、こいつは畜産。卒業後は俺と同じく家業を手伝い、毎日元気に牛をなで回している。ミニサイズでキャンキャン吠えたてるさまはタチの悪い室内犬のようだった。
「おめえ姉ちゃんに会ったら、ちゃんと優しく話しかけたりしてんだろうな」
「何でだよ」
やっぱこの話か。安川には二つ上に姉がいるのだが、何故かこいつは自分の姉が俺を好いていると思っているのだ。農業クラブの先輩後輩だったのでまったく知らないわけじゃないが、一年坊主だった俺が三年の女子と用もないのに話などするわけがない。先輩はJAに就職したので、たまーーーーに姿を見かけることはあるが、気がついたら黙って会釈する程度だ。
「もうトマトやめてうちの牧場来い。俺が鍛え直してやっから。お前の体はどう見ても酪農向きだ」
「そんなわけあるか」
「そして姉ちゃんと結婚しろ。お前を義理の兄に取り立てなきゃならんのは愉快じゃねえが、致し方ねえ」
「勝手に決めんなよ」
「さっさと結婚して子供を作れ。な? お前の遺伝子が入ったら、我が安川家に初めて背の高え子供が出来る可能性が大だ。何しろみんなちっちぇんだよなー。近所のクソガキからシルバ〇アファミリーとか言われちまってよ。親の教育どうなってんだ」
「人を使って自分んとこの家系を品種改良しようとしてんじゃねーよ!!」
そしてしょうもない取っ組み合いの始まりだ。安川は俺より二十センチ以上背が低いが、デカい生き物相手に労働してるせいか、いやに腕っぷしが強い。俺にしてもそこそこ力はあるはずなのに、しばらく組み合っても勝負がつかないのだ。
それでも一瞬の気の緩みをついて安川を地面に転がした。田んぼに転がしたら米の出来に差し障るのでアスファルトの道側に。その隙にトラックに乗り込んで急発進する。「てめえこの野郎話終わってねえぞ!」と甲高い叫びが後方から聞こえてきたが、知ったこっちゃない。帰りは遠回りになるが別の道を通ろう。
聞くところによると、あいつは物心ついた頃から「ねえちゃんねえちゃん」とピーピー鳴いて姉のあとをついて回っていたらしい。たしかに先輩は控えめでおとなしく、弟をぞんざいに扱ったりはしなさそうな人だった。
だからって姉によさげな男を見繕おうとするのはどうかと思うし、第一俺は全然適任じゃない。俺は一生トマトに生きるのだ。酪農の道には入れないし生き物も飼ったことがないのでおそらく向いていない。牛肉は好きだし牛乳もガブガブ飲むけれども。
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