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第8話 やきもち(4)
『よーし。じゃあまず肩ならしにデュオからなー』
「……」
何か……なかったことにされてねえか? 俺の複雑な気持ちが伝わったのか、画面の中の俺のアバターも仁王立ちながら遺憾な表情を浮かべている。
ログインしてすぐ呼び出しがかかり、会うのはあれ以来だったのでそりゃもうドキッと心臓が跳ねた。しかしタケルくんに俺のようなドギマギは皆無らしく、普段とまったく変わりないご様子だった。――もしかしてあれは幻覚だったのか? 高速道路を軽トラで走りながら絶叫し続けたんだけど、全部夢だったとか?
「はい……。よろしくお願いします」
『元気ねーな、大丈夫か? じゃあ行くぜ!』
どうにでもして下さい。待機場に入ってすぐ異変に気付いた。風景が、変わっている!
「こ、これは一体……! 何かメチャクチャ変わってますよ!」
『最近大型アプデが入ったの。知らなかった?』
近頃は三日か四日に一度しかログイン出来ず、しかもタケルくんがログオフ状態だと「いないのか……」とログインボーナスも取得せずさっさと出ていたので、こんなことになっていたとは知らなんだ。建物の形や車の種類、マップに至るまで一新されていた。
新マップに降り立ってさらに驚く。武器の種類は入れ替えがあったぐらいで概ね大丈夫そうだったが、アタッチメントと防具のシステムが変わっていた。ヘルメットとアーマーはアーマーのみになり、銃を使いやすくするための様々なアタッチメントは姿を消してMODというオプションのチップのようなものに変わっていた。かなり簡略化されたと言えるが、別ゲームに変わってしまったようでだいぶ戸惑う。
そういや少し前、何かやたらとログインに時間がかかったときがあったんだよな。これのせいだったか。
「すぐにやられそう」
不吉な呟きをもらしたとたん、いつのまにか忍び寄ってきていた二人組に俺はたちまちハチの巣にされた。もう?! まだ着地して一分もたってないんだけど?! 反撃どころか何故か銃をナイフに持ち替えてしゃがみ歩きするというミス付きだ。やはりこういうのは毎日やってないと勘が鈍る。
まあ二人相手ぐらいならタケルくんなら楽勝だろ、と余裕をかましていたら、引き続き別の二人組が突入してきた。それでもまあ何とかなっちゃうかなと楽観していたら、今度は車でさらに二人が突っ込んできた。このだだっ広いマップに100人しか放り込まれてないのに、何でここに集合するんだよ。1対2対2対2はもはや1対6と同義。分が悪すぎる。
「どうすんだコレ……!」
『どうすんだじゃねえよ、やるんだよ』
自分がキルされると視点はチームメイトに移る。タケルくんの物資はそこそこ整っていたが、六人を相手にするには充分であるとは言えなかった。しかしそれは敵側も同じだろう。タケルくんはアサルトライフルから落ちていたショットガンに持ち替え、自分から敵陣に切り込んでいった。
そっからはもう何が何だかわからないほど入り乱れた。ショットガンは一発のダメージは大きいが装填弾数がせいぜい十発程度と少なく、しかもちょっと距離があると与えダメージが激減する難しい武器だ。リロード速度が遅いし連射も出来ない。タケルくんは暴れ回りつつ的確に一人ずつ射抜いていった。何でこんなに動いて視点もグルグルするのに弾を相手に当てられるのか毎度意味不明だ。とっさに伏せたりちょっとした段差を駆け上がったりジャンプして弾をかわしたり、読めない動きで周囲を翻弄する。合間に俺のタグも回収。だがキルを決めるまでの余裕はないのか、ダウン状態の敵が這い回るのに任せていた。
『こいつチーターじゃねえの?』
『おかしいよな、こんな動き』
敵の一組が音声の範囲をエリアに設定していたらしく、俺の耳にそんな会話が聞こえてきた。
『瑞貴今こいつら俺のことチーターっつったか』
「言いましたね」
『えらく褒めてくれてんじゃん』
不正してないとあり得ない動きだと思われたんだろうな。通常の倍の速さで移動したり、銃口をどこに向けても相手にヒットするチートツールが存在すると聞いたことがある。タケルくんの声はうれしそうで、ケチをつけられたのではなく最高に称賛されたのだと受け止めたようだ。
『じゃあ本気出してみっか! 素人さん相手に恐縮だけど』
そこからはさらなる地獄だった。ダウン状態から蘇生しようと岩陰にひそんでいる二人をグレネードでまとめて一掃、至近距離の敵の頭をあえてスナイパーライフルで撃ち抜き(俺だったら心折れる)、そしてキルされた味方のタグを拾って車で逃走をはかった敵にグレネードを投げつけ、車ごと爆死させた。離れたところで小さく爆発し、部品を飛び散らせる車。あざやかに流れるキルログ。蛇行しながら猛ダッシュで逃げていくゴミ箱に紙くずを投げ入れるくらい難しいと思うが、それをあっさりやってのけた。この人に不可能はないのかもしれない。
『大漁大漁~。お前好きなとこ降りていいよ。迎えに行ってやっから』
倒した敵の物資をのびのび拾いながら移動を始める。ここは安地外になってしまったし復活までまだ三十秒あるので、俺は違う地点で武器等を漁り直しながら彼と合流しなくてはならない。
「すんません」
『この試合のうちに慣れるでしょ。お前今日は何時までいいの?』
「一時ぐらいかな」
『そんな遅くて明日大丈夫?』
「大丈夫です。晩メシに肉たくさん食ったんで」
『そんな単純に出来てんの?』
タケルくんは笑った。難局を乗り切ったからか、それとも別の理由なのか上機嫌だ。
『次の試合はスクアドにしよっか。あー楽しい! やっぱバトロワはこうでなくちゃな!』
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