54 / 195
第六章・9
「桂 幸樹くん」
「はい」
幸樹は、3時からの講義に出席していた。
だがしかし。
「出欠はとったので。僕はもう少し、うとうとします」
「いいのか。そんなことをしても」
大講義室なので、講師の目はそれほど届かないのだ、と幸樹は言う。
「だから、後はよろしくお願いしますね」
僕の代わりに、板書をノートに書き写しておいてください。
ついでに、後から内容も訊きますから、そのつもりで。
「この年になって、大学の講義を受けることになろうとは」
「自業自得です」
小さなあくびを一つして、そのまま幸樹は本当に居眠りに入ってしまった。
後に残されたのは、あまり目つきのよろしくない、やや老けた偽大学生。
「自業自得、か」
仕方がない、と玄馬は背筋を伸ばしてノートを取り始めた。
「まったく、ユニークだ」
幸樹と付き合うと、まず退屈することはないだろう。
苦笑し、玄馬は眠る幸樹の髪を、もう一度だけ撫でた。
ともだちにシェアしよう!