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第六章・9

「桂 幸樹くん」 「はい」  幸樹は、3時からの講義に出席していた。  だがしかし。 「出欠はとったので。僕はもう少し、うとうとします」 「いいのか。そんなことをしても」  大講義室なので、講師の目はそれほど届かないのだ、と幸樹は言う。 「だから、後はよろしくお願いしますね」  僕の代わりに、板書をノートに書き写しておいてください。  ついでに、後から内容も訊きますから、そのつもりで。 「この年になって、大学の講義を受けることになろうとは」 「自業自得です」  小さなあくびを一つして、そのまま幸樹は本当に居眠りに入ってしまった。  後に残されたのは、あまり目つきのよろしくない、やや老けた偽大学生。 「自業自得、か」  仕方がない、と玄馬は背筋を伸ばしてノートを取り始めた。 「まったく、ユニークだ」  幸樹と付き合うと、まず退屈することはないだろう。  苦笑し、玄馬は眠る幸樹の髪を、もう一度だけ撫でた。

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