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3.獺-3

「よく来てくれたねぇ。ありがとうよ」  イカワの案内で村に着いた私とサマリサは、村の世話役だという老婆の前に座っていた。 旅人にとあてがってもらった空き家の中。部屋はよく掃除されており、贅沢にも灯りまで灯されている。 「あたしたちはてっきり、毒消売の坊ちゃんが来ると思っていたんだけどねぇ。まさかあんたたちみたいな男前が来るとは! おまけにイカワも見つけてくれて。本当にありがたいこと」 「いや、どうも」  私は曖昧に言葉を返す。  どうやらイカワは無断で村の外に出ていたらしく、探し回っていた村人たちからは何度も礼を言われた。当人は気楽なもので、村についたと思えばすぐにどこかに駆けていってしまったが。 「この頃は危ないからねぇ、何事もなくてよかった、よかった」 「毒消売から話は聞いています。灯籠流に目付けが欲しいそうで」 「ええ、そうなのよ」  世話役の表情がわずかに翳った。 「川に何か、問題があるとか?」 「問題……ってほどでもないかねぇ。ただの噂だって言う人もいるんだけど。川に現れる影が、人の足を引っ張る……って、そういう話さ」 「なんだか河童みたいですね」  サマリサの言葉に老婆は気が抜けたように笑う。 「ははっ、まぁ確かに、よくありそうな話ではあるねぇ。あたしはどうも気になって。灯籠流はご先祖様を見送る大切なお祭り。万一大事があってもいけない」 「当日まで、村の様子を見て回っても構いませんか?」 「いいともよ、好きに見ておいで。村の連中にはあたしから話しておくよ」  任せろ、という風に世話役は胸を叩いた。 「灯籠流の当日まではまだ少し日があるからね。何もない村だけれど、まあゆっくりしていっておくんなさい。ああ、風呂も温めておいたよ」 「風呂! やった、ありがとうございます!」 「お心遣い、感謝します」  老婆が家から立ち去り、しばし時を置いて、サマリサが声をかけてくる。 「……だってさ、テンキ、どう思う? イカワが連れてた、あのケジ、アヤってのと、川の変な噂と、関係あると思うか?」 「まだわからないが……可能性はあるな」  しかし、と私は続ける。 「あの時の奴からは、ケジの気配こそしたが、あまり嫌な感じはしなかった。悪いものとも限らない」 「イカワも普通に一緒に遊んでるみたいだったしなぁ」  とは言え、俺も気になるぜ、とサマリサは首を傾げた。少女が何もいない川に向かって話しかける光景は確かに異様だったから、気持ちはわからないでもない。 「今回は封じるのが仕事ではないし、ひとまず様子を見ることだな。イカワのことは、少し気にかかるが」 「というと?」 「悪いものでなくとも、ケジはケジ。人の理では測れない存在だからな、あまり近づきすぎるのは、危うい。褒められたこととは言えない」 「ふぅん、じゃ、俺の側にいるあんたも危ないな」  思わず見つめたサマリサの茶色い瞳は平然としていて、自虐にどこまでの意図があるとも読み取れなかった。失言したかな、と感じつつ、私は言葉を探す。 「悪い冗談はよせ。お前は危なくないし、ただの子供と術師とは違う」 「どうかな? わっ!!」  にやりと笑ったサマリサは突然両手を広げ、こちらに飛びかかってきた。とっさに顔を庇った私の腕をどけ、首元をくすぐろうとしてくる。   「子供か!」  しばしの攻防の後、私は何とかサマリサの足を払って引き倒した。頭を床にぶつけないよう、着物を掴んで加減はしたものの、大の男はさすがに重い。勢い込んで倒れた衝撃で部屋がわずかに揺れる。 「勝った。風呂は先に貰う」 「聞いてない! ずるいぞ!」 「お前は後でも簡単に火加減をいじれるだろう」 「そうだけど! そういう問題じゃなくないか!?」  そう言いながらも彼はけらけらと笑った。  ばたばたとしているうちに日は落ちた。横たわって眺める天井は、窓からの月明かりで、ぼんやりと輪郭だけが灰色に見える。サマリサは横で静かに寝息を立てている。  穏やかな横顔を眺めながら、昼間の彼は妙に明るかったな、と思う。なんだかんだと言いながらも、サマリサは人里が好きらしい。言葉にこそしないものの、人間の気配の多いところではいつもよりはしゃぐのだと、段々わかってきた。  熟睡していてもなお整った顔だ。鼻筋にかかっている赤い髪を、指の背でそっと払う。くすぐったかったのか、サマリサはわずかに唸ってごそごそと寝返りを打ち、こちらに背を向けた。  私はしばし息を潜め、彼の寝息に乱れがないことを確かめる。 (起きないな)  衣擦れの音すら立てないように注意しながら、私はそっと自らの下腹に手を滑り込ませた。

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