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3.獺-5
妙な寝苦しさで目が覚める。
視界はぼんやりと明るい。朝の空気は昼間より冷えているはずなのに、なぜ妙にじっとりとした感覚があるのだろうか。
寝ぼけ眼で身を起こそうしたがうまくいかない。そこで私はやっと、自分がサマリサの腕の中にいることに気がついた。ぴったりと身を寄せ合い、何となれば彼の片腕を枕にしている。
「…………」
「おはよう」
いつから起きていたのか、にっこりとサマリサが笑う。
私は脇腹に置かれていたサマリサの手を身を捩って持ち上げ、そのまま彼の顔面に押し付けた。
「ぶへっ! 何でだよ!?」
何でも何もない。突然だったので驚いただけだ。照れた訳ではない。断じて。
村人の厚意で朝食をいただき、私たちは外に出た。
空は薄く曇っている。夏の陽光が遮られ、歩き回るにはちょうど良い天気だ。
山を背にした家々の前には田が広がっていて、風が吹くたびに銀の波がそよぐ。
「気分のいい朝だなぁ。あ、あのオタマジャクシ、足生えてる」
横を歩くサマリサは鼻歌交じりだ。
「しっかし、ただ居候ってのも落ち着かないよな。草取りでも手伝おうかな?」
「それもいいが、まずは本題の調査をしてからだろう。例の川というのがここだが……」
「きれいだなぁ。お、見ろ、誰かいるぜ」
サマリサが指差した方には確かに人影があった。近づいてみると、光る波間に見えていたのは村の子供達の姿だとわかった。
水深の浅いところで楽しそうに戯れている。川辺に置かれた籠やら、石で作った輪やらを見るに、どうも魚やカニを捕まえて遊んでいるらしい。
「楽しそうだな。涼しそうだし。あ、あれ、イカワじゃないか?」
子供達の中の一人は、確かに昨日出会った少女だった。袖をまくり、水の中を真剣に見つめている。時々顔や腕を水に突っ込んでは、その手に何か捕まえていた。
サマリサがこそっと訊ねてくる。
「なぁ、アヤは?」
「いるな。イカワの近くの水中に気配がしている」
楽しげなイカワの視線は、どうもアヤを追いかけているようだった。しばし観察していた私は、ふと目の前の光景の違和感に気づく。
どうもイカワは子供たちの輪に参加していないようなのだ。一人だけ、微妙に距離の離れたところにいて、誰とふざけ合うでもなく熱心に水面を見ている。
周りの子供たちは彼女の様子をちらちらと窺っているようだが、声はかけないままでいた。
「イカワ、一緒に遊ばないのか?」
サマリサも異変に気がついたようだ。
「一応、皆と同じ場所で遊んではいるようだが……」
「まあ、お人形やアヤがいるなら本人はいい……のかな」
そんなことを話しながら遠巻きに眺めていると、やがて子供達がちらほらと陸に上がっていった。
手に手に獲物を持って、互いに見せ合っている。どうやら成果を確認し合い、自慢する時間になったようだ。
「ね、イカワは?」
子供の一人に促されたイカワが手に持つ籠をひっくり返した。たくさんの魚が跳ねる、きらきらとした光。
すごい、と多くの子供が目を輝かせ、歓声に湧く。
「どうやったの」
「普通に取ったんだよ」
と、子供の一人からむっとしたような声があがった。
「うそつき。ずるだよ」
冷たい言葉にイカワの肩がぴくりと跳ねる。
「そんなに沢山魚を捕まえて、ずるしてるんだ」
「ずるなんてしてない。アヤと一緒にとったんだもん」
きつく言い返したイカワに、子供は怯んだ目をした。……いや、強張ったあの顔は、怯むというよりも、怯えている。
「うそつき」
子供の声はわずかに震えていた。
「アヤなんていやしない」
段々と子供達の間に漂う怪しい空気が増してきた。
一人の優しげな子が恐々とイカワに声をかける。
「イカワちゃん、もうそれ、やめなよ。皆を怖がらせるのは良くないよ? ね、一緒に遊ぼう」
イカワは拳をぎゅっと握りしめ、子供達をきっと睨みつける。
その目に涙が溜まってているのが、ここからでもわかった。
「うそじゃない。いいもん。私アヤと遊んでるから」
そう吐き捨てると、イカワはそっぽを向き、また一人で川に向かっていった。子供たちは顔を見合わせて気まずそうにしている。
「おいおい」
一部始終を見ていたサマリサが心配を含んだため息をつく。
「あれじゃイカワがかわいそうだ」
「子供の諍いだろう。介入すべきではない」
「まぁそうだけど。でも、嘘はついてないのに……」
そのときだった。三々五々川に戻っていた子供の一人が、水飛沫をあげて急に転んだのだ。
子供があお向けに倒れたのはそう深くないはずの場所だった。しかし、その子は中々立ち上がらず、ばたばたともがいている。
「……!」
私は子供の周囲、揺れる波間に、異質な気配を見た。
「どうした!? おい、テンキ!?」
サマリサの声を後ろに、私は水辺に向かって走り出していた。
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