25 / 25

3.獺-5

 妙な寝苦しさで目が覚める。  視界はぼんやりと明るい。朝の空気は昼間より冷えているはずなのに、なぜ妙にじっとりとした感覚があるのだろうか。  寝ぼけ眼で身を起こそうしたがうまくいかない。そこで私はやっと、自分がサマリサの腕の中にいることに気がついた。ぴったりと身を寄せ合い、何となれば彼の片腕を枕にしている。 「…………」 「おはよう」  いつから起きていたのか、にっこりとサマリサが笑う。  私は脇腹に置かれていたサマリサの手を身を捩って持ち上げ、そのまま彼の顔面に押し付けた。 「ぶへっ! 何でだよ!?」  何でも何もない。突然だったので驚いただけだ。照れた訳ではない。断じて。  村人の厚意で朝食をいただき、私たちは外に出た。  空は薄く曇っている。夏の陽光が遮られ、歩き回るにはちょうど良い天気だ。  山を背にした家々の前には田が広がっていて、風が吹くたびに銀の波がそよぐ。 「気分のいい朝だなぁ。あ、あのオタマジャクシ、足生えてる」  横を歩くサマリサは鼻歌交じりだ。 「しっかし、ただ居候ってのも落ち着かないよな。草取りでも手伝おうかな?」 「それもいいが、まずは本題の調査をしてからだろう。例の川というのがここだが……」 「きれいだなぁ。お、見ろ、誰かいるぜ」  サマリサが指差した方には確かに人影があった。近づいてみると、光る波間に見えていたのは村の子供達の姿だとわかった。  水深の浅いところで楽しそうに戯れている。川辺に置かれた籠やら、石で作った輪やらを見るに、どうも魚やカニを捕まえて遊んでいるらしい。 「楽しそうだな。涼しそうだし。あ、あれ、イカワじゃないか?」  子供達の中の一人は、確かに昨日出会った少女だった。袖をまくり、水の中を真剣に見つめている。時々顔や腕を水に突っ込んでは、その手に何か捕まえていた。  サマリサがこそっと訊ねてくる。 「なぁ、アヤは?」 「いるな。イカワの近くの水中に気配がしている」  楽しげなイカワの視線は、どうもアヤを追いかけているようだった。しばし観察していた私は、ふと目の前の光景の違和感に気づく。  どうもイカワは子供たちの輪に参加していないようなのだ。一人だけ、微妙に距離の離れたところにいて、誰とふざけ合うでもなく熱心に水面を見ている。  周りの子供たちは彼女の様子をちらちらと窺っているようだが、声はかけないままでいた。 「イカワ、一緒に遊ばないのか?」  サマリサも異変に気がついたようだ。 「一応、皆と同じ場所で遊んではいるようだが……」 「まあ、お人形やアヤがいるなら本人はいい……のかな」  そんなことを話しながら遠巻きに眺めていると、やがて子供達がちらほらと陸に上がっていった。  手に手に獲物を持って、互いに見せ合っている。どうやら成果を確認し合い、自慢する時間になったようだ。 「ね、イカワは?」  子供の一人に促されたイカワが手に持つ籠をひっくり返した。たくさんの魚が跳ねる、きらきらとした光。  すごい、と多くの子供が目を輝かせ、歓声に湧く。 「どうやったの」 「普通に取ったんだよ」  と、子供の一人からむっとしたような声があがった。 「うそつき。ずるだよ」  冷たい言葉にイカワの肩がぴくりと跳ねる。 「そんなに沢山魚を捕まえて、ずるしてるんだ」 「ずるなんてしてない。アヤと一緒にとったんだもん」  きつく言い返したイカワに、子供は怯んだ目をした。……いや、強張ったあの顔は、怯むというよりも、怯えている。 「うそつき」  子供の声はわずかに震えていた。 「アヤなんていやしない」  段々と子供達の間に漂う怪しい空気が増してきた。  一人の優しげな子が恐々とイカワに声をかける。 「イカワちゃん、もうそれ、やめなよ。皆を怖がらせるのは良くないよ? ね、一緒に遊ぼう」  イカワは拳をぎゅっと握りしめ、子供達をきっと睨みつける。  その目に涙が溜まってているのが、ここからでもわかった。 「うそじゃない。いいもん。私アヤと遊んでるから」  そう吐き捨てると、イカワはそっぽを向き、また一人で川に向かっていった。子供たちは顔を見合わせて気まずそうにしている。 「おいおい」  一部始終を見ていたサマリサが心配を含んだため息をつく。 「あれじゃイカワがかわいそうだ」 「子供の諍いだろう。介入すべきではない」 「まぁそうだけど。でも、嘘はついてないのに……」  そのときだった。三々五々川に戻っていた子供の一人が、水飛沫をあげて急に転んだのだ。  子供があお向けに倒れたのはそう深くないはずの場所だった。しかし、その子は中々立ち上がらず、ばたばたともがいている。 「……!」  私は子供の周囲、揺れる波間に、異質な気配を見た。 「どうした!? おい、テンキ!?」  サマリサの声を後ろに、私は水辺に向かって走り出していた。

ともだちにシェアしよう!