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3.獺-6
川辺に子供達の悲鳴が響く。
私の目には、溺れる子供の足下に取り付く影が見えていた。
水底にゆらゆらと揺れる暗い気配。
(アヤ……!)
もがく子供が立ち上がれる様子はない。私は走りながら懐に手を突っ込み、一枚の小さな紙を取り出した。手のひらほどの大きさの紙には羽を広げた烏が描かれている。私はそれをびりりと千切った。破れ目から湧き立つ影に、命じる。
「散らせ!」
子供の方に向けて指した手先から、目にも止まらぬ速さで一羽の黒い鳥が飛翔した。烏は瞬く間に水辺へと舞い降り、溺れる子供の側で暴れ始めた。嘴を水に突っ込み、爪先で何かを掴もうとし、ばさばさと翼を広げる。
遅れて子供の元に辿り着いた私の視界の端を、烏に追われて逃げていくアヤの影が掠めて消えた。
咳き込んでいる子供を助け起こす。
背を叩くとげほげほと水を吐いて咽せた。顔を見ると、それは先ほどイカワに冷たい声を投げた子供だった。
「大丈夫か」
「だ、大丈夫」
人心地ついたのか、子供はこちらに目を向け、頭の上に疑問符を浮かべた。
「誰……?」
「この村に世話になっている客だ。テンキという」
「ああ、母ちゃん言ってた、赤い人と黒い人がって。あなた黒い人?」
「そうだ」
話しながら、私は子供を岸に連れて行った。ざわざわと周りの子供達が集まってくる。遅れて走ってきたサマリサもいる。彼は肩で息をしながら、それでも私たちの方を見て安堵の表情を浮かべた。
「よかった、無事か!」
「ああ」
「あ、赤い人だー」
呑気な声をあげる子供と私を、他の子供達が取り囲んだ。
「大丈夫!? 怪我してない?」
「ねぇ、あなたたち誰!? 村の人じゃないでしょ、旅人さん?」
「さっきの、何!? 黒い鳥がバァーって! 旅人さんは魔法使いなの!?」
「あなたの赤い髪、変! あなたも魔法使い!? 二人とも!?」
一斉に騒ぎ立てる子供らの勢いに押されて、私は少々よろめいてしまった。
「待った待った、順番な! 話は俺が聞くから!」
サマリサが相手を引き受けてくれるようだ。こういう時、人懐っこい彼はとても頼りになる。
その間に、私は助け出した子供に改めて問いかける。
「さっきは何があった。転んだのか?」
「よくわからない」
子供は困ったように眉尻を下げた。
「急に何かに足を掬われたの。起きようとしても起き上がれなくて……。水草に足を取られたのかも」
そう言う子供の声にはどこか誤魔化すような調子が滲んでいた。先ほどまでとは違う、自分に言い訳をしているような、もごもごとした喋り方。
「本当に? 何かに引っ張られたのではないのか?」
私が畳み掛けると、子供は頬を引き攣らせた。言葉にするか迷うようにぱくぱくと動く口から、やがて絞った声が漏れる。
「違うよ、だって……、だって、アヤなんているはずない。アヤちゃんはもう、死んじゃったんだから」
その言葉は辺りに沈黙を招いた。
場の全員の視線が少し離れたところにいたイカワに向く。
真っ青な顔でこちらを見ていたイカワは唇を噛み締め、ぱっと踵を返して逃げていった。
「あっ、待って、おい……」
サマリサの引き留める声にも振り返らず、イカワは姿を消した。
「イカワちゃん、私たち心配してるんだ」
集まってきていた子供の一人が言った。それを皮切りに、他の子供達も口々に話し出す。
「前は今よりもっと明るい子だったのに、妹ちゃん……、アヤちゃんが亡くなってから、変なことを言うようになったの。水の中にアヤがいる、遊んでるんだって……」
「私たちには何も見えないし、でもたまに、こういう変なことが起きるし。私たち、どうしていいかわからないの」
「魔法使いの旅人さん、イカワちゃんにお話ししてくれない? 怖いことも悲しいこともあったけど、でも、私たち、また前みたいに一緒に遊びたいんだ」
「……ああ、わかった。話を聞いてみるよ」
「ありがとう!」
手を振る子供達と別れて、私とサマリサは家々のある方へと向かった。
「さっきはよくやったな、テンキ。俺は咄嗟に動けなかった」
「ああ……」
眉根を寄せている私に、サマリサが少し調子を落として訊ねる。
「なあ、やっぱり、さっきのって」
「転んだ子供の周りに影が見えた。……昨日のあのケジ、アヤだった。間違いない」
「アヤが、あの子供を転ばせたってことか? じゃ、水に引き込むってやつの正体はやっぱり……」
「まだわからない。子供は他の原因で溺れていて、それをアヤが助けようとした可能性もないではない。だが……」
言っていて、無理のある擁護だと自分でも感じた。言葉を切った私に、サマリサがでも、と続ける。
「新しい情報はあったな。アヤって子供が亡くなっているらしいって。イカワの妹、……ケジを呼んでたのと同じ名前だ」
辛そうに顔を歪めながらサマリサは言った。
「もっかい村の人に話を聞いてみようぜ。イカワのことについて、もっと詳しく」
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