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love you

「……全く……」  呆れ混じりの溜息を吐いて見つめた、手元の出席簿に並ぶのは遅刻を示すマークで。  その左端を辿れば、赤井朋弥、と印字されている。  見事に連続遅刻回数を増やしつつあるその名前に、もう一度溜息を吐いてから、ぱたり、と出席簿を閉じた。 「なんでこんな遅刻するかな」 「……」  そんな自分の前で、しょぼん、と肩を落としながらも、必死で明後日の方向を見る朋弥に苦笑がこぼれる。 「まぁさ……社会に出た時に困るとか、そういう有り難いんだか何だかよく分かんない説教するつもりは、ないんだけどね? でもさ、ヤバイよ、正直」 「何が?」 「遅刻回数多すぎるとさ、内申書にも響くし、最悪の場合、卒業出来ないから」 「……」  ようやくコトの重大さを悟って目を見張った朋弥に、やれやれ、と苦笑混じりの溜息をわざと吐いて見せてから。 「なんでこんな遅刻すんの?」  今度はきっちりと疑問形で聞いてやる。 「…………半分は、寝坊、だけど……。後の半分は……」 「半分は?」 「…………絶対笑うから言わない」 「笑わないよ。なんで」 「絶対笑うよ」 「笑わないって言ってんのに」  言ってみ? と促せば、渋々といった様子で、朋弥が口を開いた。 「ねこ、が……」 「…………猫?」 「いて……通れなかった、から」 「は?」 「だからぁ、猫がぁ……道のトコにいて……通れなかったんだって」  むっつりと呟く表情は、ふて腐れた小学生並みの幼さで。  笑わないと言った手前、はぐはぐと笑いを噛んで堪えつつも、その可愛らしさは思わずぐりぐりしたくなるほどだ。 「猫くらいいいじゃん」 「ヤダよっ」 「なんで?」 「…………こわい」 「は……?」 「だから! 猫、……恐いんだって!」  必死で訴える声とは裏腹な情けない表情に、堪えきれずに笑ってしまった。 「笑わないって言った!」 「っ……はいはい、ごめん」  謝りつつも、くくっ、と笑いが漏れてしまう。  むすり、とした顔に睨まれて、ごめんごめん、ともう一度謝りながらも、誤魔化せない笑いで喉がけふけふと鳴っていた。 「でもさ。なんでそんな、猫が恐い訳?」  ようやく笑いの発作が収まったらしい先生は、まじめな顔して聞いた後、何もしないでしょ? と付け足した。けれど、それには何も返さずに、むっつり黙り込む。 「無視?」 「……だってさっき、笑わないって言ったのに笑った」 「ゴメンってば」  たはー、と情けない苦笑で謝られて、なんとなく楽しいと思ってしまう。  年上で、しかも先生なはずなのに、どうしてこんなにも気安さを感じてしまうのだろうと内心首を傾げながらも、気まぐれに口を開いていた。 「ネコバスがね」 「ネコバス? ……ってあの、トトロの?」 「そう。……ネコバスが、恐かったんだ。目ぇ光ってたし」 「……」  一瞬の沈黙の後で、先生はまたしても。だけど今度は押し殺したみたいに喉の奥で笑って。それを誤魔化すみたいに、小さな咳払いをする。 「別に……笑ってるってバレてるから」 「くはっ……ごめ。いや、笑うつもりは……」  うくく、と笑いながらも弁解するのが、何となくおかしい。 「はー……ハマったハマった」  笑いの発作を納めた後でそう言った先生は、ようやく顔を引き締めた。 「でも。あんま遅刻しないように」 「だからネコが」 「分かるけど。こっちが何もしなかったら、絶対何もしてこないから」 「……だって」 「目ぇ逸らして走ればいいよ」  な? と苦笑混じりに言われて、悩みながらも頷いてみせる。 「大丈夫。普通のネコは目も光らないし小さいんだから。……それに。半分は寝坊なんでしょ? そっちはちゃんと努力すること!」 「………………はい」  しょんぼり頷いたオレに、先生は、よしよし、と満足げに頷いていた。  ***** 「あれ、どしたの朋弥」 「ぇ……?」  急に声を掛けられて、驚いた。  声を掛けられたことに、ではなく。  朋弥、と。  もう何年もそう呼んでいたのだと言いたげな、慣れたその音に驚いて。  同時に、くすぐったいほど楽しくて、笑い出しそうなほど嬉しかった。 「暇なの?」 「……まぁ忙しくはないけど……」 「じゃあ手伝ってよ」 「……また?」 「嫌そうな顔しないの!」  ほらほら、と手招きされて、苦笑しながら歩み寄る途中。  視線を感じて振り向いた先に、孝治くんが立っていた。 「…………孝治くん?」  その目はいつもみたいに優しくなくて、なんとなく恐いような気さえしたけれど。 「朋弥?」  先生に呼ばれて返事をしてる間に、孝治くんは何処かへ行ってしまった。  何だったんだろう、と首を傾げつつ、手招きしている先生の元へ。 「……ねぇ」 「んー?」 「……なんで急に名前で呼ぶの? 今までは、赤井、って呼んでたのに」 「…………へ?」 「朋弥って、呼んだでしょ」  どさり、と手渡されたプリントの重みに顔をしかめつつ聞けば、先生はキョトンとした顔をして。 「オレ、朋弥って、言ってた?」 「うん」 「うそ」 「ホント」  こっくりと頷けば、あちゃー、と呟いた先生が、ポリポリ頬を掻きながら苦笑する。 「無意識だ」 「むいしき……」 「うん。……ゴメン、ヤだった?」  なら気を付けるけど、と付け足す先生は、まるで捨てられた犬みたいな目をするから、思わず首を横に振って、別に、と笑い返していた。 「じゃあさ……これからも、2人の時は朋弥って呼んでもいい?」 「いいよ」  その返事に先生は、心底嬉しそうに笑ってて。  それが嬉しいのに照れくさくて、何処に運ぶの? ってわざとぶっきらぼうに聞いた。  それが恋の始まりだ、なんて思いもせずに。

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