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10、雇われた理由
遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。餡玉です。
本年もいろんなお話を書いていきたいなと思っております。どうぞよろしくお願い致します。
ドスランプの最中に書き始めたこちらのお話、途中になったまま多忙に負けて置きっぱなしになってましたが、ぼちぼちと続きを書いていきたいと思います。
久々に見直すと気になる部分がたくさんあったので、ちょこちょこと直しております。ストーリーに大きな変化はありませんが、すでにお読みくださっていた皆さまには申し訳ないです汗
不定期にはなりますが、これまでよりはペースを上げたいと思います。
よろしければ、お付き合いくださいませ……!
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由季央に連れられて来た場所は墓所だった。彼の両親が眠る場所である。
どこまでも見渡せそうな青々とした芝生の上に、綺麗に整列した大理石の墓標。その一つの前に跪き、由季央はそっと花を置く。
「悪いな、墓参りなんかに付き合わせて」
「かまわないさ。これも仕事だ」
さばさばとそう答えると、由季央は横顔で小さく笑った。墓前に跪いて合掌している由季央の斜め後ろで、僕は彼の両親への挨拶と共に、今回の奇妙な仕事をつつがなく終えられるようしっかりと祈っておいた。
そして、墓所からの帰り道にあるレストランで、僕らは昼食を取ることになった。
高台にあるそのカフェからは、陽光を受けてきらきらときらめく海が見える。真っ白な壁、開放的で洒落た店の雰囲気とあいまって、まるで異国に連れてこられたような気分になった。
「うわぁ、いい眺めだな」
爽やかな青いパラソルが似合うテラス席に通され、僕はそこからの眺めの良さに歓声を上げた。日差しは強いが、頬を撫でてゆく風はさらりとしていて爽やかだ。穏やかな波と青い空は、まるで絵画のように色鮮やかだった。
手すりから半ば身を乗り出すような格好で景色を堪能していると、由季央が靴音を小気味よく響かせながら隣に立つ。海を眺めるその横顔に、かすかだが物憂げな色を見てとった僕は、予てから気になっていた事柄について尋ねてみることにした。
「さて……そろそろ僕を雇った本当の理由を教えてもらおうか」
僕の問いかけに、由季央のまつ毛がぴくりと揺れる。手すりに腰をもたせかけ、僕は由季央をじっと見上げた。
陽の光を受けて鮮やかに煌めくサファイア色の瞳が、静かに僕を見つめ返している。
「僕に二十四時間警護を依頼したのは、恋人役がほしいってだけの理由じゃないんだろ?」
「……へぇ、さすが。気づいてたんだ」
由季央はにぃと唇に笑みを浮かべて、僕のほうへ向き直った。さぁ……っと、海風が髪を乱していく。
「後腐れのない相手として、確かに僕は適任だろう。君に怪我を負わせてしまった通りすがりのオメガだ。脅せばいくらでも言うことをきかせられる」
「そうだな」
「恋人役をやってほしいというのなら、もっと上手くやれそうな相手を雇うことだってできたはずだ。その手のプロはたくさんいる」
「……」
「だが君は僕を選んだ。フリーのオメガで、かつ腕っ節の立つボディガードとなり得る僕を」
視線を外すことなく由季央は口元に笑みを浮かべていたが、最後に腕組みをして感心したようにひとつ頷いた。
「自分で『腕っ節の立つボディガード』とか言えちゃう自信がすげぇな」
「うるさい。事実だろ」
「……うん、まぁ、大体そんな感じ。ボディガードも恋人役も、俺はどっちもほしかった」
由季央は降参のポーズをとるように軽く両手を上げ、「ま、座ろーぜ」といってテラス席についた。木製のテーブルに向かい合うと、どこからともなくボーイ現れ、オーダーを取って消えてゆく。
「貴親が俺に見合いの話を持ちかけてくるようになって、一度帰国することが決まったあたりから、妙なメールが届くようになったんだ」
「妙なメール?」
ジーパンの尻ポケットから、由季央はスマートフォンを取り出した。そしていくつか操作したあと、テーブルの上にスマートフォンを置き、画面を僕に見せる。
開かれているのはメール画面だ。
差出人の欄には特に意味のなさそうなアルファベットの羅列で作られたメールアドレスが載っている。タイトルは空白だ。
「これ、俺のプライベートなアドレス。……といっても、学生時代から使ってるやつだから、どっからか漏れるってことはじゅうぶん考えられる」
「ふーむ……」
指先で画面をスクロールし、下へ下へと遡る。このアドレスからメールが送り付けられ始めたのは三ヶ月ほど前からだ。僕は最初に届いたメールをタップしてみた。
『命が惜しいなら 帰国はやめろ』
メッセージはそれだけだった。差出人の名前ももちろん書かれてはいない。
『命が惜しければ』とはいささか物騒な内容だが、ただのいたずらとも言い切れない。
だが、『帰国すれば命はない』『お前の周りで不幸が起きる』などの脅迫メールがずらずらと続き、次第に僕の眉間の皺も深くなってゆく。
「なるほど、君の帰国をよく思わない相手がいるわけか……。立派な脅迫罪だな、これも警察に?」
「ああ、通報済み。最初はただの悪戯だろうって流してたんだけど……向こうの事務所に届いた荷物の中に、爆発物が混ざってたんだ」
「爆発物?」
ファンから送られてくるたくさんの贈り物の中に、それは混ざり込んでいたらしい。
ファンレターやプレゼントの類は、一度すべてスタッフが開封したのち、由季央のもとへ一括して届けられることになっている。
いかにも可愛らしい小花柄の包装紙に包まれた赤いプレゼントボックス。そこに添えられていたカードには『いつも、どこからでもあなたを見ている』と英語で書かれていたという。
とりたてて不穏なメッセージでもないだろうと解釈したスタッフがその箱を開封した瞬間、ぱんっ!! と派手な破裂音が事務所に響いて——
幸い、その爆発物による直接の被害はなかったけれど、爆発音に面食らったスタッフが椅子ごと後ろにひっくり返ってしまったため、後頭部を床に打ち付けてしまったという。
「スタッフの怪我の具合は?」
「一応、こぶ程度で済んだんだけど、それ以来事務所もピリピリしちゃってさ。……俺以外の誰かに危害が及ぶなんて思ってなかったし、さすがにゾッしたな」
「それはそうだろうな。送り主は分からないままか?」
「向こうの警察が調べてるけど、今はまだ」
「……なるほど」
ちょうどそこで、サラダとパスタが運ばれてきた。由季央が微笑みながら「ありがとう」と礼を言うと、若いボーイはぽっと頬を赤く染め、そそくさとテーブルを離れてゆく。
「その件について、ご両親には話したのか?」
「俺は伝える気なかったんだけど、さすがに事務所から向こうに連絡が行ったな。帰国しない良い理由ができたって思ってたんだけど、貴親は『見合いはすでに決まっている』だの『目立たずこっそり帰ってこい』だの……で、結局帰国したってわけ」
「息子の安全より見合いを優先か」
「手の届かないところで好き勝手やってる俺を、さっさと片付けたいんだろ」
醒めたことを言いつつ、由季央はフォークに巻きつけたパスタを大口で頬張った。そして「美味い」と目を輝かせる。
僕もつられて、シーフードパスタに口をつけた。
絶妙な塩味とともに魚介の旨味が口の中いっぱいに広がって、思わずうっとりしてしまう。オリーブとにんにくの風味が食欲を誘い、ちょうどいい歯応えに茹でられたパスタも美味い。
これまでに食べたパスタの中でもダントツに美味い。しばらく僕はもくもくと食事に集中してしまった。
「だから空港で男が吹っ飛んできた時も、脅迫相手からの攻撃かと思ったんだよな」
「んっ……んっぐ、そ、そうか……」
「っつか、がっつきすぎじゃね? 子どもかよ」
不意に話の続きを口にした由季央は、パスタを頬張っている僕を見てまた笑った。今は任務中につき食事は早食いが基本なのだが、ここは一応マナーを気にしなければならない雰囲気の店だ。僕は慌てて、手元にあったクロスで口元を拭おうとした。
だがそれより先に、由季央の指先が僕の口元を軽く拭う。その拍子に、その左手首か立ち上る甘い香りが、僕の鼻腔を柔らかくくすぐった。
香水などを使っている様子もみられないから、これはおそらく由季央自身の肌から香るものだろう。涼やかでありながら蜜のように甘く、うっとりするほどに芳しい。
由季央と過ごしているとき、僕は時折こうして彼の匂いに反応してしまうが……
ーーまさかこれが、アルファフェロモンってやつなのか……?
ふとそんなことを思ってしまうと、急に落ち着かない気分になった。僕は反射的に由季央から距離を取ると、「ちょっ……あー、えーと、トイレに行ってくる!」と言って席を立った。
ボディガードたるもの、ひとときたりとも依頼人をひとりにしてはいけないーーそれは頭ではわかっている。だが、今は一旦由季央から離れて、そわそわと浮き足立ちかけている心と身体を引き締めねばならない。
レストランの奥にある仕切り壁にもたれ、僕はひとしきり大きな深呼吸を二度三度と繰り返した。由季央から離れていても、あの甘い香りが鼻の奥に残っている気がして、相変わらず落ち着かない。
「……ちょっと待てよ、つぎの発情期はいつだっけ。まだ先だったはずだけど……」
腕にはめたスマートウォッチで、フェロモンの値を確認する。二十歳を過ぎてからは発情期のペースは三ヶ月に一度と安定しているし、発情期のときは抑制剤を服用するため、ヒートを起こしたことはない。
ヒートというのは、発情の暴走だ。意図せぬタイミングで発情期が始まってしまい、オメガフェロモンを不本意に撒き散らし、アルファを(または、感受性の強いベータさえも)誘惑してしまう。
それを避けるためにも、仕事に支障をきたさないためにも、僕はきちんと病院にかかり、抑制剤を処方してもらっている。
だというのに、そこに表示されたグラフは、ガタガタと不穏な揺れを描き出している。僕は愕然とした。
ーー……不安定だな。由季のフェロモンに影響されているらしい。
僕は舌打ちをした。
こうしてアルファに影響を受けてしまっているあたり、やはり自分はオメガなのだと再認識せざるをえない。
どれだけ肉体を鍛えぬき、身体を張って依頼人を守る仕事に就いていても、妙齢の美しいアルファにふわふわと惹きつけられてしまう。
それはあまりに認めがたく動物的で、自分がひどく卑しい存在に成り下がってしまったように感じる。
「薬を持っていてよかった……まったく、使い勝手の悪い身体だな」
タブレット錠をガリガリと奥歯で噛み砕きながら、僕はそっと由季央の様子をうかがい……そして、ぎょっとする。
入口から入ってきた痩身の男が、ゆっくりとした歩調で由季央に近づこうとしている。相手に気付かれることを避けたいといわんばかりに、こそこそとした歩調でーー
迷わず僕は早足にその男に歩み寄り、有無を言わせぬ力でその手首を掴んだ。
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