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エピローグ

「ん、ん……っ、ぁん」 「……なぁ、まだ怒ってんの?」 「おこって……るわけ、じゃ……ない、けどっ、ァっ……あ」 「けど、なに?」  もわもわと湯気の満ちた浴室に、僕の甘えた善がり声と肌がぶつかる音が響いている。  一足先に帰宅してシャワーを浴びていたところに由季央が帰宅し、「いきなり入ってくるな!」と怒る僕をキスで黙らせて、こういう状況に陥っている。  浴室の壁に手をついて、由季央の抽送に揺さぶられていると、きゅっと固く尖った乳首を摘まれた。すでに絶頂が近かったところに甘い刺激が加わって、僕は敢えなく、勃ち上がったペニスから体液を吐き出してしまった。 「……ァっ……! ン、っんんっ……!」 「っ……ん、すげ、締まる……」 「ん、っ……はぁっ…………おこって、ないのに……っ」  さっきから何を怒る怒らないと言っているのかというと——  コンサートを終えたあと、由季央は積極的なファンに囲まれて、いい笑顔で写真に応じていた。  契約に則り、由季央に必要以上に接近するファンたちを遠ざけるべく「はい、これ以上近づかないでー」などと声を出しながら、僕と甲田さんは由季央を守ろうとした。  だが、当の由季央が「いいよこのくらい。慣れてるから」といって、あろうことか僕らを遠ざけるのである。  何かあってからでは遅いというのに、由季央は爽やかな営業スマイルを浮かべながらファンと握手し、カメラを向けられれば白い歯を見せ……それはそれは、にじゅうぶんなほどのファンサービスにいそしんでいたのである。  そして観客がはけた後、僕は仏頂面で由季央に苦言を呈した。 「一応ボディチェックや持ち物検査は済ませているとはいえ、あんなにファンと接近したら危ないだろう!」と、ボディガードとしてはさも真っ当な注意だ。……けれど、実際のところ、可愛らしい女性ファンに囲まれている場面をすぐそばで見ているのはかなり面白くなかった。  そこに貴親がいれば、「音楽家の番がその程度で大騒ぎするな」と鼻で笑われてしまいそうな余裕のなさだ。しかし、あいにく僕はまだこういうことに慣れていない。  そのせいもあって、ネチネチと説教が長くなってしまい、コンサート後で疲れている由季央と軽い口論になってしまったのである。  その後、カリカリしながら上への報告と書類仕事を片付けるため社に戻った。その間、由季央からのメールがいくつか届いていた。  だが他の細々とした業務もあってバタバタしていたため返信ができず、由季央は僕がすっかり怒り心頭であると勘違いをしてしまったようだ。    帰宅して早々、バスルームにいる僕を抱きしめて、キスをしながら「なぁ、ごめんってば」と素直に謝ってくる由季央をむげにもできず、そのまま行為にもつれ込んでしまったというわけである。  いまだ繋がったままの状態で、背面にいる由季央と舌を絡め合う。そうするうちに、まだ吐精していない由季央の性器が僕の中でさらに硬さを増してゆくのを感じ……僕は、ぶるりと肌を震わせる。 「ん、ぁ……っ……かたい……」 「これからこっちでやってくためにもさ、ファンの心はしっかり掴んどきたいんだよ。確かに、ちょっとやりすぎだったかもしれねーけど」 「ん、っ……ァっ、わか、わかってるって……ァっ……」  ぎゅっと僕の背中を抱きしめながら、腰だけを前後に振り、由季央が内側深くから愛撫してくる。  濡れた肌と肌が重なっているだけでも心地が良くて、愛おしくてたまらないというのに、とろみを帯びた後孔を太く逞しい由季央のそれで擦り上げられる。    徐々に高まり、せりあがってくる甘い快楽に酔いしれて、僕は恥ずかしげもなく嬌声をあげていた。 「ん、はぁっ……ぁん、きもちいい、きもちいい……っ、ァっ……あ」 「ていうかさ……ボディガードやってる春記、ひさびさに見たな」 「ん……ん……、そう、だな……」 「カッコよかった。キマってたぞ」 「ふぇっ……?」  突然そんなことを言われてしまい、ぎゅんと胸がときめいた。心と連動して内壁まきゅぅんと締まってしまったらしく、由季央が「っ……いきなりしめんなって」と僕の肩に額を埋める。 「キマって、た……?」 「ああ、目つき悪くて最高だった」 「……。それ……褒めてるのか?」 「褒めてるよ。なのに今はこんな、トロトロの顔しながら腰振っちゃってさ。ギャップすげぇ」 「ァっ……ぁ! やっ……いきなり、はげしっ……」  そろそろ絶頂が近いのか、由季央の動きからも余裕が失せ始めている。  僕の腰を両手で掴み、ぱんぱんぱん、と濡れた音を響かせながら腰をぶつけながら、由季央は「っ……はぁ……すげぇ、イイ」と気持ちよさそうな声を漏らした。  僕で気持ち良くなってくれると、すごく嬉しくて感度が上がる。壁についた手を拳にして揺さぶられながら、僕はいつしか、「あ、あ、あっ、あ」とただただ喘ぐことしかできなくなっていた。  やがて、腹の奥で熱い体液が迸る。その感覚にもぞくぞくぞくと深い快楽を与えられ、僕までつられてイってしまった。 「はぁっ……はぁ……っ……」  ずる……と僕を穿っていたものが抜き去られると、途端にへなへなと力が抜ける。硬いバスルームの床にへたり込みそうになった僕を、由季央の腕が咄嗟に支えた。  支えられながら身体の向きを変えると、正面から由季央に抱きしめられる。そしてそのまま、自然と唇が重なった。 「ふぅ……ん……」 「……のぼせた? ベッド行くか?」 「ん……うん……いく」  トロリと肌を濡らすものや、後孔から溢れた白濁を洗い流され、半ばタオルに包まれるような格好でベッドに横たえられる。すぐにはだけたタオルの上で、由季央が再び僕の肌に舌を這わせ、熱い唇でそこここにキスを降らせた。  だが、このままセックスで前後不覚にされてしまう前に、由季央に伝えておきたいことがある。僕はぐっと由季央の肩を掴んだ。 「由季も……すごく、カッコよかったぞ」 「え?」 「演奏を生で聴いて、痺れたよ。全身、ずっと鳥肌が立ってて、興奮しっぱなしだった」 「……そ、そっか」  勇ましく荘厳でありながら、時に切なさを感じさせる豊かな旋律。  オーケストラとともに演奏しているというのに、どうしてか由季央の奏でるヴァイオリンの音色はくっきりと鮮やかにホールに響き、龍之介氏の放つピアノの音と美しく絡まり合っていた。  壮大な音と美しいメロディが、すべて美しく調和していた。額に汗を浮かべながらヴァイオリンを歌わせる由季央の姿から、ひとときたりとも目が離せなかった。  そしてすごく、誇らしいと感じた。  あの素晴らしいヴァイオリニストは、この僕の番なのだと。  今も憎まれ口は減らないけれど、僕だけに愛を注いでくれる、努力家の可愛い年下アルファだ。  とつとつとそう語る僕の声に耳を傾けながら、由季央がふっと無防備な笑みを浮かべる。  そして、ひときわ優しいキスが、僕の唇にあたたかく触れた。 「お前に褒められんのが一番クるな。……ありがと」 「い、いや……」 「明日は久々にオフなんだ。今日は朝までやれるけど?」 「あ、朝まで……だと」  僕はこう見えて体力のあるほうだが、セックスにはまだ不慣れだ。感じさせられすぎてへばったり、イキ疲れて「もうむり……、イケない……っ」と由季央に降参してしまうことのほうが多いけれど、そろそろ僕も、歳上の余裕を見せたいところだと思っていた。 「……いいよ、望むところだ。二十四時間でも抱かれてやる」 「二十四時間? なに、そんな欲求不満なわけ?」 「はっ!? ち、ちがう! そういうことじゃなくて……!」 「いいじゃんそれ。このひと月、全然ゆっくりできなかったしな」 「いや……だからそういう意味じゃ……!」  ぎし……と由季央がさらに身を乗り出す。そして、由季央の指紋認証でロックが解除されるネックガードが、するりと首から外された。  ネックガードを外してのセックスは、手加減なしで僕を抱くという暗黙のサインだ。それだけで、ドキドキと胸が高鳴って、淫らな期待値が爆上がりしてしまい——……。 「……春記、よだれ」 「えっ。いやっ、これはっ……」 「ほんっとスケベだなお前。おもしろすぎんだけど」 「くっ……スケベっていうな」 「ははっ、ほんっと可愛すぎ」 「うう……」  目の前で花開く無防備な由季央の笑顔のほうが、僕にとってはよっぽど可愛い。  ——生意気な年下アルファに愛される人生も悪くはない。……いや、最高だな。  いつにも増して手加減なしの深い愛撫に溶かされながら、僕は全身で由季央を抱き返す。  そして、普段は言えない照れくさい愛の言葉を、こっそり耳元で囁くのだった。 『恋人役も立派な仕事です!』  おわり♡

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