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第30話

アリーさんと別れ、僕はイベリスさんの部屋でその相手をする事になった。 「お前が愛した者は哀れだな。こんなにも美しく淫らなお前をたった1度しか抱けなかったとは……」 身体が熱くなっても、心はどこまでも冷えきっていた。 哀れなのは、貴方ではないですか? 他に愛すべき人たちがいる筈なのにただ一時の欲の為に僕を妾にして、けれどその妾は貴方に何の愛情も感じる事のないただ抱かれるだけの人形同然であるだけでなく、長らく貴方を支えてきた忠臣の心さえ狂わせた事に気づいていないなんて。 そう言いたかったけれど、ユープの立場を考えると言える訳がなかった。 「ジュン、お前は今後、その者以外愛するつもりはないのか?」 行為が終わると、イベリスさんが尋ねてくる。 「……どうでしょうか。僕にとって今は人を愛する事よりもこの戦いを終わらせるという事の方が大事ですので……」 服装を整えてしおりの存在を確認すると、僕はイベリスさんの元を後にした。 外は雨が降っていた。 ユープはどこにいるんだろう。 そう思いながら部屋の前の廊下にある窓から外をぼんやりと眺めていた。 「ユープが心配デスカ?」 「ロブレヒトさん」 そこに、ロブレヒトさんが通りかかる。 「大丈夫ですヨ。彼は雨や雪の時には洞窟に入って凌いでいますノデ」 僕の隣に並ぶと、ロブレヒトさんはそう言った。 「あの……ユープは昔から夜はひとりで過ごしているんですか?」 僕はずっと気になっていた事を聞いてみた。 「……えぇ、私たちは幼い頃から一緒に過ごしてきましたが、彼は軍に入った時からずっと、夜はひとりデス。狼の姿を人目に晒したくない……と話していましたネ」 「そうなんですか……」 「最近の彼は少し明るくなったと思いマス。キミといる時は本当に幸せそうで、見ていてこちらも幸せな気分になれるのデス」 「はぁ……」 笑顔で言われ、僕は返す言葉に悩む。 「……キミが望んでイベリス様の妾になった訳ではない事は皆が分かってイマス。イベリス様は人を惹きつけ、導く力はあるものの、そのエネルギーが大き過ぎて欲に走りがちなのデス。奥方様もそれに悩まれておりますが、それ以上にイベリス様を愛されておいでなのデス」 「そうですか……」 イベリスさんが領主として民を思い、民から愛されている事はここで過ごしていく中で分かっていったけれど、僕はその人を惹きつけるという事に関してはよく分からなかった。 それは彼が鷹島君に似ているからかもしれないけれど。 「ジュン、キミはユープを愛していますカ?」 「えっ!?」 ロブレヒトさんに笑顔で聞かれて、僕は驚いた顔をしてしまった……と思う。 「キミに押し付けてしまう様で申し訳ないのデスが、ユープはあんな男ですので相手に恵まれないんですヨ。なので少しでもそのつもりがあるのなら、是非ともユープと結婚して欲しいデス」 「はぁ……」 そう言って力強く手を握ってくるロブレヒトさん。 「そうだ、少し待っていて下サイ」 ロブレヒトさんは僕から離れ、奥の部屋へと入っていくとすぐに戻ってきた。 「これ、ユープとふたりになる事があれば身につけて下サイ」 「これは……?」 渡されたのは、小さな布だった。 透けているその中には、何かの粉末が入っている。 「パルフムという植物を粉末にしたものデス。これは飲むと媚薬の効果があるのですが、ユープは飲まずともその香りを感じるだけで興奮してしまうでしょうネ……」 「!?」 その笑顔が妖しく見える。 「私もこれを使おうかどうか、今とても悩んでいるところデス。これを使ってしまえばアリーは確実に身篭ってしまい、ふたりだけの時間がなくなってしまいマス。私はまだアリーとふたりで多くの時間を共有したい、けれど同時にあの可愛らしいアリーが私の前だけで乱れる姿も見てみたいのデス……」 ため息をつくロブレヒトさん。 やはりこの人はアリーさんの事を心から愛しているんだと僕は思った。

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