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第1話

――これは見事だ。 ――散る時もまた壮観でしょうね。 聞いたことのない二人の大人の声。 来客の、恐らく少年の付添だろうと瞬時に悟る。 ――えぇ、今年も見事に咲いてくれました。我が家ではね、毎年家族で花見をするんですよ。 ――それは楽しそうですな。 男の声に答える父の声。 それに重なる母の声、兄達の声。 ――当家自慢の桜です。如何ですか、錦様。 錦様。 本日のメインゲストの名前だ。 緊張で喉がひり付き血圧が上昇するのが分かる。 眩暈がして倒れそうになる。 猫なで声の父に短く答える子供の声は聞き取れない。 少年か少女か分からない声音だった。 ――毎年春が待ち遠しいのです。本日は錦様にお見せする事が出来て光栄です。 主庭の桜は客室からでも見れる。 会食後、散策を兼ねてこの家の自慢でもある桜を見せているのだろう。 時間の感覚が無かったが自分は随分と長い間、外に居たようだ。

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