29 / 213

第3話

――ご覧になってください。 花の影に鳥がいると笑う父。 ――小さくて良く見えないわ。鶯かしら。 ――何処にいるの? ――あそこだよ、母さん。 迫る声にどっと汗が出る。 体が動かない。 逃げなくては。 見つかってしまう。 意識すればするほど、パニック状態に陥る。 心臓だけが鼓動を速めていく。 例えるなら、竹藪の向こうに虎がうろついてるのを見つけて体が動かなくなったとでも言おうか。 足が動かないのだ。 背筋を汗が伝う。 荒くなる呼吸。 冷たい空気が気管に入り肺が痛い。 ――急げ。逃げろ。走れ。 声がすぐそこに聞こえ、ようやく体が動く。 ハッと息を短く吐き、足を踏み出す。 勝手口まで僅か数メートル。 身を翻し、扉に向かい手を伸ばして前のめりに駆けだす。 急げば見つからずに済む。 しかし鈍間な体は意思通りには動かない。二歩、三歩と踏み出した次の瞬間には足が縺れて、たたらを踏みそのままバランスを崩す。 かっとした痛みを感じたのと、指先が地面に触れたのは同時だ。 しまった、そう思ってももう遅い。 砂と敷石が擦れる音を立て、顔から思いきりこけた。

ともだちにシェアしよう!