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第4話

そもそも錦は声を立てて笑い、満面の笑みを浮かべたことがあるのだろうか。 小さな唇の内に行儀よく並んでいる歯をこぼして笑う。 いくら思い描いても、輪郭は朧げで上手く想像できない。 ――……彼の無邪気に笑う姿を見てみたい。 屈託なく笑う姿はやはり上手く想像が出来なかったが、彼の特別になれたら見ることが出来るのだろうか。 しかし、錦自身が特別な存在なのだ。 そんな存在の特別になるなど、少なくとも自分には無理だろう。 ――ならば彼の心許せる相手なら、どうだろうか。 それならば、自分でもなれるのではないか。 心許した相手にならば、隙のある素顔を見せるのだろうか。 静かに微笑む錦の楽しそうな笑い声。 想像できない弾けんばかりの笑顔。 その視線の先に立つ甘美な妄想に浸りながら、錦と過ごした僅かばかりの時間と訪れるまでの日々を待ち続ける。

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