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埋没する薄暗さは

錦と出会ってから二月が経過したころだ。 新緑が煌めく季節、夕暮れが近く感じる裏庭で隣に居た錦は足を止め上向く。 葉だけを残した裏庭の桜樹を見上げながら、どこか名残惜しそうに眼を細めた。 「学校の桜もそうだから当たり前だが、ここもすっかり散ってしまったな」 「ちょっと前まで毛虫が凄かったよ」 花開いて散るまでは何度見ても飽きない程に綺麗だ。 しかし散った後の汚らしさは、散る前までの美しさからは想像もできない程に酷くかけ離れていた。 正に美しさと引き換えの様な地獄絵図と評しても、大袈裟ではないと個人的には感じている。 葉桜になれば、害虫問題が待っているのだ。 何匹もの毛虫が地を這い、風に揺られ宙をぶら下がってる。 見るに堪えない悍ましい裏庭の有様を、錦の目に触れさせるわけにはいかない。 彼には春の麗しさだけを記憶に残して欲しい。 それが秋庭家の総意だった。 季節の変わり目に風邪を引いてはいけないと理由を付け、手入れの行き届いた主庭を窓越しに鑑賞するに留めて路地から裏庭の散策は控えていた。 毎年害虫駆除を業者に依頼しているのだが、今年は予約件数の関係で予定よりも対応が遅れてしまったのだ。

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