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第9話

胸がむかむかしたが、錦の唇から零れる言葉はキラキラと輝いている。 どんな精神状況でも、それは変わらないのだ。 それを一つ残らず両手で集めて、らしくもなくオペラを聞いてみようかと思った。 そうすれば、錦と楽しく話が出来る。 錦の視界に入ることが出来る。 絶望と焦燥が和らいでいく。 錦は自分を理解して肯定してくれたのだ。 きっと、錦の側に居れるように努力すれば彼だって受け入れてくれるだろう。何より、年が近い。 年齢の離れた兄よりも、自分の方が話しやすいはずだ。 誰よりも近い友人に、もしかしたら彼の理解者に――錦の心許せる存在になれるかもしれない。 自分以外の兄弟が錦との会話を楽しんでいる間、結局は会話に混じれず、あいまいな笑顔を浮かべて頷くだけだった。 次第に錦の話に頷く兄が自分になり替わるのを想像し、うっとりと二人の会話を聞いた。 錦の視線の先に居る笑顔を浮かべる自分。 そんな未来を想像した。

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