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第2話

玄関から部屋の中へ招き入れるところ、錦が少し逡巡し「皆の所に行く前に受け取ってくれ」と彼の掌に収まる小さな箱を差し出す。 「社会科見学の土産だ」 「え!?」 驚いて間抜けな声を上げてしまう。 六月の社会科見学で硝子工房へ行った錦は、その月の週末に土産を持参する予定だったらしい。 しかし、一月以上も入院してしまった所為で渡しそびれたのだ。 社会人の兄や大学生の姉はこの家に居る事は少なく、数少ない週末の茶会でも錦と顔を合わせる事は無い。 錦が訪れる週末に、家族全員が揃う事は滅多にない。 だから、錦も全員分の土産の用意はしなかった。 人数分の土産が無いので、皆の前で渡す事が出来ない。 つまりそれは錦が、自分を選んで土産の用意をしたと言う事になる。 「だから、泣かないでくれ」 また涙がこぼれ、錦が焦る。身の丈に合わない幸福感に肺が焼ける。 嬉しいのに痛い。 止らない涙に御免ねと謝ると、「どうすれば良いか分からない」と少しだけ困ったような顔をして、ハンカチを差し出してきた。 嬉しくて何度もお礼を言うと、安堵し僅かに照れた顔を見せた。 滑らかな白い頬の内側から、わずかに滲む血色。 驚くほど無防備で頬が熱くなる。

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